第五十二歩 【魔物の群れ】

 我は身体を縮めた状態で木陰に揺れる日光を眺めながら一つの事をひたすらに考えていた。


「我は……これからどうしたらよいのか……」


 この龍の里に来て、ルイの旅は一段落となった。

 本当ならば我はここで奴らと別れ、新たな住処を探すべきなのだろうが……


「そんなに話しかけるなルイ、皆……」


 我の耳にはルイや他の奴らの声が響いて来る。

 これほどやかましくては考えなどまとまるはずがない。


「やれやれ……まぁ、まだ時間はある。ゆるりと考えるしか……む?」


 我は身体を起こすと風に乗ってきたとある匂いを捉える。


「なんだ? 龍の里のあちこちから変な匂いがする。これは……血か!」


 我は身体を大きくすると風と共に駈け出す。

 森の中を進んで行くと血の匂いはより濃くなり、そこに嗅ぎ覚えのある匂いが混じってくる。


「レヴィ!? しかし、これほど血の匂いが濃いとは……チッ、一体何が起きているというのだ!」


 我はレヴィの匂いを辿り方向を変える。


 しかし、我は走りながらもまだ思考がこびりつく。

 我は何のために走っている?

 以前の我なら他者の危機にこれほど心を乱すことなどなかったはずだ……


「ご……めん、皆――」


 我の耳に微かな声が届く。

 その途端に我の思考は澄み渡る。


 俺は風を纏い、声の下へと駆ける。


「フッ……貴様のせいだぞ、ルイよ!」


 我は風と共に声の主を掻っ攫うと正体が判らぬ敵へと牙を向ける。


「血の匂いがすると思って来てみれば……何なのだ此奴らは?」


 牽制にと咆哮を浴びせても奴らは全く動じない。

 どうやら妙に厄介な連中が龍の里へと侵入したようだ。


「エクスヒール!」


 我は回復魔法をレヴィにかけて、出血を止める。

 何とか命を繋ぐことはできそうだが、とても動けるような状態ではない。


「異界人に複数の魔獣……まさか、あの異界人が率いているのか?」


 人間の声がして後ろを振り向く。

 見ればレヴィを痛めつけていた奴らを多く従えた人間が立っていた。


 ルイかコタロウがいないから我の言葉は分からんだろうが……それ今回、好都合かもしれん。

 相手に我が話せることがバレなければ何か情報が聞き出せるはずだ。


「グガァァァァ!」


 我はわざと荒々しく吠える。


「どちらにせよ狩猟対象が増えただけの事……魔獣単体であれば遅れはとらない!」


 人間は剣を抜くと殺気を振りまく。

 その殺気に当てられたように後ろの雑兵たちは動き出し、我を取り囲んだ。


「その魔獣を狩猟せよ!」


 人間の声と共に一斉に我に襲い掛かる雑兵ども。

 その動きは確かに早いが、聴覚と嗅覚を駆使すれば動きは手に取るようにわかる。

 我はレヴィを背負いながら風を巻き起こし、敵を足止めする。


 この程度の奴らに後れを取る我ではないが……奴は格が違うようだ。


「かなりの経験を積んだ上級魔獣……素材として申し分ない。潜入法に関する情報料の補填になるというもの」


 人間が何かを呟いた瞬間、我の視界から姿が掻き消える。


「何!?」


 我が風の変化を毛先に感じ、身をよじると振り下ろされる剣を爪で受け止めた。


「まさか受け止められるとは……さすがというべきか」


 人間はすぐさま二撃、三撃と鋭い攻撃を繰り出す。

 剣技だけで言えば王国の化け物どもにも匹敵しそうだが、パワーとスピードは奴らに比べるよしもない。

 我は冷静に斬撃を流し、距離を取る。


「ふっ、かかったな」


 男が笑うと我が着地した先の地面が盛り上がり、そこからは複数の雑兵が現れたのだ。

 地中を移動してきたという事か!


 正面の敵の攻撃を回避する我であったが、すぐさま人間が距離を詰めて繰り出した斬撃は避け切れるものではない。

 我が迫りくる剣を口で受け止めると、人間は勝利を確信した様に笑った。


「これで魔法は詠唱できまい!」


「ガッ!」


 人間は剣を咥えた我の口を押さえつける。

 我の魔法と牙を封じた上で仲間に我を仕留めさせる算段か!

 後ろから迫りくる刃に我の爪は届かない。


 そう、我の爪はな……

 我がフッと笑みをこぼすと、三つの影が木陰から飛び出し雑兵と対峙する。



 俺たちは木陰から飛び出すとフェルに迫っていたホムンクルスに向けて攻撃する。

 本当はもっと早く飛び出したかったがフェルが情報を引き出すというので少し様子を見ていたのだ。


「くっ! またお前たちか!」


 グラトニルの男はフェルから離れると地面に下りる。


「そうか……やはりお前がこの魔獣たちを支配しているのだな。一体、貴様は何者なのだ!」


「ハッキリ言ってやる!」


 いつもの勘違いに俺は大きな声で叫ぶ。

 前までは流していたが、今はどうもその勘違いが頭に来るのだ。


「俺は魔獣たちを支配する力は持っていないし、そんなことしたいとも思わない! 俺はこいつらの仲間だ! 俺の仲間を何人も傷付けやがって……許さねぇ!」


「支配する力を持っていない? 仲間だと? そんなわけがないだろう! 別種の魔獣がこれほど連携が取れた行動をするなどありえん!」


 俺は叫ぶ男に反論しようとしたが、その前に頭上から荒々しい声がした。


「決めつけてんじゃねぇぞ!」


 その声と共に降ってきた水の槍は全てのホムンクルスを貫き破壊する。


『来てやったぜ、ルイ!』


 空に浮いているメガロは俺の〝繋がる言葉〟を利用し、俺たちに話しかけてきた。


『メガロ、お前は龍人族の所へって!』


『大丈夫だと思うぜ、なぁ鳥公?』


 メガロが目線を送った先に無数の炎が集まっていったかと思うとすぐに鳥の形を成す。


『おうともさ! 俺っちの分身体にかかれば残りの土塊人形なんてちょろいってぇの! 里で戦っていた龍人族の戦士たちが避難所に向かったから問題なしだぜい!』


 二体は人間大のサイズに縮むと俺の横にそれぞれ降り立ち、グラトニルの男に向き直る。


「くっ……フフ、まさかこんなイレギュラーが起ころうとはな。魔獣しかも異種族による群れ……それを実現する異界人か我らにとって大きな障害となるかもしれない」


 男は俺を睨みつけると一瞬で俺の眼前に迫った。

 俺へと振り下ろされる剣をフェル、リン、メガロ、バーンが受け止める。

 男は受け止められた剣をそのまま投げ捨てると俺に向かって抱き付いてきた。


「んなっ!」


 俺はそんな趣味ねぇぞっ!って叫びたいところであったが、その前に動いたのはコタロウだった。


「ウインドブラスト!」


 巻き起こった風は男と俺の間に入り込み、膨張する。

 引き飛ばされた俺はフェルの背中でキャッチされ、男は木を何本かなぎ倒しながら岩に当たり止まる。


 砕けた男の身体からは血ではなく金属の破片の様な物が零れ落ちていた。


「あいつもホムンクルスだったのね……」


「あぁ、でも今何をしようとしたんだ?」


 俺たちが男に近づこうとしたその時、コタロウが吠える。


「ダメです! あいつの魔力の匂いが一気に変わったんですよ。あの湖で騎士が爆発した時みたいな!」


 それを聞いた瞬間に男の身体は眩い光に包まれ爆発を起こした。

 コタロウが吹き飛ばしてくれたおかげで俺たちは巻き込まれなかったが……そうでなければ危なかった。


「口封じも兼ねていたのだろう。あまり情報を聞き出せなかったな……」


「あぁ、だけどゼロって訳じゃない。奴は言っていた……潜入法の情報料。つまり、龍の里の情報を流している奴がいるって事だろ?」


「だとしたら龍の里は……」


「あぁ、今までみたいに安全ってわけには行かねぇだろうな」


「そ、そんな!」


 事態の重さに狼狽するリンを俺が支えた。


「とにかく、レヴィを連れて村に戻ろう。被害状況を確認しなきゃ!」


「えぇ、そうね。バーン、姉さんに回復薬をお願い!」


 バーンは身体の中から回復薬を取り出すとレヴィにかける。


「ゲホッゲホッ、はぁ。ありがとう助かったわ」


「しばらくは動かない方が良いぜぇお嬢さん。いくら俺の回復薬が優秀なかわいこちゃんだったとしても、それだけのダメージはそう簡単に消えねぇからな!」


 バーンはレヴィに忠告するが、レヴィは首を横に振る。


「そうしてもいられないわ! ニーズが奴らと戦っていたはずよ!」


「何!? ニーズが? バーン、ニーズは避難所に向かったのか?」


 俺は各地の戦いに介入してきたバーンに問うが、バーンは肩をすくめた。


「あのシャカリキボーイか? いや、見てないね……」


「姉さん、ニーズはどっちに行ったの?」


「ここから北の方で別れたわ!」


「よし、ある程度の方向が分かれば大丈夫だ! リン、一緒に探しに行こう! 皆は避難所に戻ってこの一件を伝えてくれ!」


 俺はリンを伴い、ニーズ捜索へと向かった。

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