第四十歩 【王城からの脱出】

 ゼノスと居並ぶ二人の騎士。

 その周囲を王下三大勢力の精鋭たちが囲む。


「まさかな・・・・・・三勢力のトップが揃い踏みとは絶望を通り越して笑けてくるね。さっさと逃げときゃよかったなぁ」


 バーンの溜息交じりの言葉は俺たちの目の前に広がる光景をより深く理解させた。

 後ろに控えている騎士たちの中には失策を演じたハイトとファイザ以外の幹部も揃っているのだろう。


「まるで俺らがここに来ることが分かっていたような布陣だな」


「まさか・・・・・・そんなことがあるんすか?」


 俺たちが辺りを見渡して呟いていると、俺たちが飛び出してきた大穴からリフの姿が現れる。


「いくら使えない連中だったとしても実験には使える駒なんだ。分かっていなければお前さんらと引き換えに異界人を逃がしたりしないさね!あんたらがここに来ることを《定め》させる為でなければね!」


 リフはウィザード勢の先頭に立ち、指揮を執る。


「最後の警告だよ。大人しく捕まりな‼ そうすればお前ら全員を生かしておいてやるよ。もちろん、王の駒としてだがね‼」


 リフはそう言うと魔力を収束し、攻撃に移る準備を始めた。


「だってよ。どうするかねぇこりゃ」


「知れたこと、こんな奴らの操り人形になる気は無い‼」


「ぼ、僕だって、そんなの御免です‼」


「ここで屈したら多分一生、自分には戻れないっすからね・・・・・・」


 俺はみんなの気持ちを聞き、スゥっと息を吸い込んだ。


「操り人形になんかなるもんか‼ 俺達は俺たちが進むべき道を進んで行く‼」


 俺は大見得を切ってそう叫ぶ。

 その言葉に全員が頷いてくれたことがとても誇らしかった。


「フフ・・・・・・フッハハハハハ‼」


 そんな俺達を見て、腹を抱えて笑い出したのはグラブたちの先頭に立つ男。

 グラブ総督であるギリアム・カースである。


「イイぜ! その威勢は嫌いじゃねぇ! でもよぉ、この状況を理解してねぇわけじゃねぇよな? そういうのはもっと力を持ってから吠えるもんだぜ」


 嘲笑で毛でない笑顔を向けるギリアムに対して、まるでゴミを見るかのような視線を向けているのがミリアノスの女傑。


「異界人と魔物風情が良い気になったものですね。この神聖な王宮に足を踏み入れ、汚しただけでも許せぬというのに・・・・・・」


 ハンカチで口を覆ったまま忌々しげに呟くミレイ。

 無条件に王国の人間以外を嫌悪している感じだ。


「さて、おしゃべりはこのくらいにしてそろそろお別れと行こうかねぇ」


 リフが腕を振り攻撃が始まる。

 降り注ぐ魔法を防ぐため、フェルは俺たちの前の床を思い切り叩き、壁を築いた。

 そこへ俺、コタロウ、シュウスケの非戦闘員を残し、フェルたちは飛び上がる。

 しかし、次の瞬間。


「グアッ‼」「ウグゥ‼」


 飛び上がったフェルとメガロをギリアムとミレイがそれぞれ向かい、迎撃した。

 それは一瞬、何度か切り結んだ両者は自分の数倍はあろうかという体躯のフェルたちにあっさりと重い一撃を叩き込んだ。

重撃を受けた二人はまるで隕石の様に床に墜落し、呻く。

 そこへリフの一団が魔法で追撃を加えたところで、二人は体躯を縮め魔法を回避した。


「クソっ・・・・・・やっぱり戦力差は明白だな」


 おどける余裕を失ったバーンはゼノスと切り結びながら翼を巨大な炎に変えて迫ってきていた騎士の一団を退かせ、そのままギリアム達を追尾し動きを止める。

 先頭に関しては素人の俺でもバーンの実力が頭一つ抜けていると認識するには容易い芸当であった。

 しかし・・・・・・


「こんなもの‼」


 ミレイが怒気と共に放った一閃は炎の壁を一刀両断に切り裂いた。


「チッ! 時間稼ぎにもなりゃしねぇ‼」

「それならこれでどうだよ‼」


 その光景を見ていたメガロはバーンの下に辿り着くと、ありったけの水をその炎の壁に噴射。

辺りは超高温の水蒸気で包まれた。

 これではさすがのミレイも一度、後退せざるを得ず、風属性の魔法で水蒸気をいなしつつ退く。

 その機を見て俺たちは一か所に集結していた。

 メガロが水を放出するとともに全員に声をかけたのだ。


「このままじゃ逃げ出すことなど不可能だ。 忌々しいことだが奴らと我らとでは実力の差が歴然過ぎる」


「・・・・・・その事なんだがよ。俺に考えがあるんだ」


「メガロ?」


「あぁ、俺っちは先に聞いたが、確かに唯一の方法だと思うぜ。それに迷っている暇は与えてくれないだろうしな・・・・・・」


 俺はうつむくメガロと目を逸らすバーンに不安を感じながら、その策を聞こうとした。

 しかし、その策を聞く前に事態は動いてしまう。


「〝ハイネスト・ウインド〟」


 不意に吹き始めた風は水蒸気を飲み込みながら吹き荒れる。


「くだらない真似をしなさんな。私の魔法にかかればこんな水蒸気すぐに晴れちまうよ‼」


 リフの宣言通り、風はどんどん水蒸気を吹き飛ばしていく。


「時間がねぇ‼ 後は頼むぞ、鳥公‼」


 メガロはそう言い残すとわずかに残った水を操り、上昇していく。


「おい、バーン! メガロは何を?」


 バーンは俺の問いかけに答えず、ただ登っていくメガロを見つめていた。


 とんだ貧乏くじを引いたものだとバーンは思っていた。

 メガロに提案された策は唯一、この状況を打破できる可能性があった。

 しかし、その策の内容とメガロの心情はバーンには理解しがたいものだったからだ。


「俺が目一杯巨大化して壁を破り、攻撃を防ぐ。お前はその間にあいつらを連れて逃げ出せ!」


「あ? お前はどうするんだよ?」


「俺の事は構うな! どうせ俺は一度、捨てた命だ。ルイに言われてここまで来たがよ。前みたいに目の前で仲間を失うよりはましなのさ」


「何で俺に頼むんだよ。あの白毛玉君にでも頼みゃ良いじゃねぇか?」


「他の奴らはルイの甘ちゃんが移っちまってるからよ。お前なら何の躊躇いもなくやれんだろ?」


 バーンが言い返さない内にルイ達がその場へ到着する。

 そして全員に十分な説明ができないまま事態は動きだしてしまった。

 バーンが久しく感じている頭痛はより強さを増すのだった。


 水蒸気が晴れ、再び騎士たちが動き出そうとする。

だが、その動きは足元に膨らんでいく影によって抑止された。

 そして俺たちはメガロの言っていた策をようやく理解するのだった。


「メガロ‼ よせ‼」


 俺が叫んでも、メガロの膨張は止まらない。

 メガロは遂に部屋の半分を覆いつくすほどまで巨大化し、床に肉壁として立ち塞がった。

 それと同時に、周りを覆っていた堅牢な壁と天井が弾け飛び、俺たちの視界に青空が広がった。


「馬鹿が‼ 水を失っただけでも危険だというのに、あれだけ〝体躯変換〟を酷使しては長くは持たんぞ‼」


 フェルの言葉に俺たちは焦る。

 そんな俺たちをバーンが一喝した。


「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ‼ 魚があれだけ体張って作ったチャンスだぞ‼ さっさと逃げるぞ‼」


グガァァァァアァッァ‼

 

 苦しげな呻きを挙げるメガロ。

 響いてくる音からすると攻撃は既に再開されている様だ。


「・・・・・・どうすればいい? メガロを置いて行けっていう事か?」


 俺は自分の無力さに打ち震えながらバーンに聞く。

 しかし、バーンから来た返答は思いがけないものだった。


「ふっざけんな‼ 俺様がいながらそんな納得いかない事してたまるかよ‼ 良いか、お前らがこれからすることは一つ‼ あの渇いて来てる魚の肉壁にしがみ付いて落ちねぇようにすることだけだ‼ さっさとしろ‼」


 俺たちは激昂するバーンに促され、メガロにしがみ付く。

 膨張したメガロの肌は渇き始めており、魔力が飽和した結果、たるみが起き始めていた。

 奇しくもそれは俺たちにとっていい足場となったのだ。


「さぁ、行くぜ‼ 気張れよ魚ぁ‼」


 バーンはメガロの上に飛び乗ると炎を燃え上がらせ、身体の輝きを増していく。

 それはフェルやバーンの〝体躯変換〟とは異なる存在感を放ち、迸る魔力を増大していくような光景。

 バーンはその姿で羽ばたくと自分の数十倍はあろうかという程のメガロごと俺たちを持ち上げる。

 メガロの巨躯が持ち上がった瞬間に限界を迎えた塔の床が音を立てて崩れ去った。


「逃がすな‼ 撃ち落とせ‼」


 誰とも知らない声と共に床の崩落を逃れた一団から無数の魔法や矢が飛来する。


「メガロ‼」


「か、構うなぁ‼ 行けぇ‼」


 メガロは無数の攻撃を受けながらも身体を縮めようとはしない。

 バーンはメガロの気持ちを汲むように頷くと、一気に上昇スピードを上げた。

 そんな俺たちに無情な現実が突き付けられる。


バチッ‼

 

 強い衝撃と共にメガロの身体が何かに弾かれる。


「逃がすと思っているのかねぇ。この城は私の結界で覆われているんだよ。最初から逃げ出すことなんてできやしないのさ!」


 魔法で増大されたリフの声が響く。

 バーンとフェルは諦めず、結界に対して魔法を放っているが結界はビクともしない。


「さぁ、そろそろ終いだよ。王国の最大勢力相手にあんたらはよく頑張ったと褒めとこうかね。これからはその一員として働いてもらうとしよう‼」


 俺たちが飛び立った塔の瓦礫の上にはリフが大規模魔法を構え立っている。


「さぁ、いい加減に往生しな‼」

 

 リフが嬉々とした叫びと共に魔法を放つ。

 しかし、俺たちの耳に届いたのは別の声だった。


「キュゥゥゥゥゥゥイ‼」


 懐かしい声が響き、目の前の結界が砕け散る。

 それと同時に俺の胸に飛び込んできたのは、子供の竜。

 そう、ミディだった。


「ルイ‼ みんな‼」


 その後から現れたリンはリフの魔法を翼と尻尾で受け止めると空へと逸らす。


「今だ‼ 不死鳥!」

「分かってる‼」


 フェルとバーンは息を合わせ、メガロを押し上げると一気に王都の上空を離れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る