けものの脇道 ~次の止まり木~

 日が沈み、町の家々に明かりが灯り出した頃。

 薄暗い部屋の中に棚の薬品を整理するイゼアの姿があった。


「オイオイ、明かりくらい付けやがれよ!」


 部屋の中が明るくなり、バーンが机の上に降り立つ。


「丁度良い。お前がそこにいてくれれば明かり代わりになる」


 その後も黙々と作業をするイゼアにバーンが痺れを切らしたように喋り出す。


「しかし驚いたぜ! お前から自分の事を話せなんて言われるたぁよ! そんなにあいつらの事が気に入ったのか?」


「私がそんな一時的な感情で自分の事を話すと思っているのか?」


「だよなぁ。男の方のお前はそんな甘っちょろい奴じゃないわな。だからこそ疑問に思っちまうぜ」


 イゼアは薬品の整理を終えるとバーンがいる机にグラスを二つ置き、ワインを注ぐ。


「奴らは恐らく生きてこの王都を出ることは無い」


「まぁ……だろうな。あんな大それた目標を掲げて、実際にやっちまおうとする命知らずの連中だ。生きて帰れる方にbetする奴はいねぇだろうよ。でも、それならそれで不味いんじゃねぇの? 俺たちが手引きしたことがバレるかもよ?」


「あの異界人達は〝祝福者〟だ。なら、あいつから漏れることは考えにくい。それに、彼らがする最後の食事には記憶操作に反応する忘却薬を混ぜておく」


 ワインを傾けながら淡々と告げるイゼアにバーンは首を傾げた。


「抜け目がないのは結構だがさぁ、あいつらってそんなに信用できんのけ?」


「まるで誰かに祝福を受けた様に感情の起伏や害意というものが抜け落ちている。それが異界人の中で〝祝福者〟と呼ばれる存在だ。奴らはどんな拷問を受けようが身体を引き裂かれようが情報を漏らすようなことはしない。まぁ、私から見ればそれは祝福ではなく呪縛に見えるがな」


 バーンはグラスを手の形に変化させた炎の翼で持つとワインを一気に飲み干す。


「何百年生きてっと思ってんだ! 〝祝福者〟の事については知ってるけどよ、奴らの行動はちぃとばかし奇妙じゃねぇか?って言ってんだよ!」


 バーンがした問いはイゼアの動きを止める。


「そもそも〝祝福者〟は他人に対しての感情も希薄になる。あいつらの様な行動は有り得ないだろ?」


「それは私も考えていた。だからこそ奴らに深入りすることを決めたのだ」


 イゼアはワイングラスを机に置くと、とある手帳を手に取る。


「この世の成り立ち、そして流れを知ることは協会がこの先も存続して行く事には必要不可欠であると考えている」


「〝祝福者〟はそれに少なからず関係してるってか?」


「私ともう一人の私あいつはそう考えている」


 イゼアは手帳をめくり、手帳をめくる手は徐々に小さくなっていく


「それに……面白いじゃない。誰とでも、どんな存在とでもおしゃべりをすることが出来るなんて!」


 イゼアは少女の姿となり、手帳を閉じる。

 バーンはやれやれといった様子で首を振った。


「話に割り込むとまた男の方のお前に怒られるぞ」


「構わないわ。私だってあなたと話がしたかったんだもの」


 少女となったイゼアは椅子に腰を下ろすと自分の分のワインをグラスに注ごうとする。

 そこにバーンは慣れた手つきで手をかざすと、流れるワインの滝をホットワインに変えた。


「私の方は子ども扱いするのね。別にお酒でも構わないのに」


「一時的な感情でお尋ね者の異界人の手助けをしようとするのは子供って言わないのかねぇ?」


 バーンはフッと笑うとボトルの残りもホットワインに変え、自分のグラスに注いだ。


「あら、あなたもあの子たちも忘れている様だけどね。本来は魔獣と人間はおしゃべりすることはできないわ。それこそ、あなたの様に悠久の時を過ごしながら知識を蓄えでもしない限り人語を操るなんて芸当はそうできないもの!」


「あぁ、しかも周囲の奴ら全員に影響するなんて聞いたことないぜ」


「フフ、やっぱりあなたは気付いてないのね。慣れって怖いわ」


 口を押さえて笑うイゼアにバーンは少し不快を示す。


「俺っちが何に気付いてないって?」


 バーンの膨れた顔を楽しむようにイゼアはなかなかその内容を話さない。


「それを教えてしまったら面白くないじゃない! あなたは元々つまらない事は嫌いじゃなくて?」


「まぁ、それはそうだけどさぁ……」


「本当に慣れって怖いものだわ。あなたがこの停滞した毎日に満足しかけているもの。だからこそ本来のあなたは彼らに惹かれているのかもね」


 今まで笑っていた口元は陰り、イゼアは寂しそうな表情を浮かべる。


「――何が言いたいんだよ」


「そろそろあなたは次の止まり木に移るべきだと言いたいのよ。その方があなたらしいわ」


 見つめ合うバーンとイゼアはお互いに次の言葉を待っていた。


「良いのかよ。俺がいなくなっちまったら薬の実験相手も大事な御遣いを頼む奴も、話相手だってチェルクだけになっちまうぞ?」


「あなたにそんな心配をされるなんてごめんよ。それはもう一人の私も同じだと思うわ」


 うつむき黙っているバーンにイゼアはそっと触れる。


「意外だったわ。あなたはもっと達観してると思ったもの。いつか知らないうちにいなくなるものだって思ってた」


「へっ、俺っちは別に何とも思っちゃいないさ。ただ、お前らが寂しがるんじゃと思ったんだけどなぁ……分かったよ、そろそろ退屈してきたし、そこまで言うんならそろそろ飛び立たせてもらうわ!」


 バーンはそう言うと、翼を広げ部屋のドアへと向かう。


「今まで協力してくれたお礼にきっちり準備はさせてもらうわ。出発は彼らと一緒でいいのね?」


「あぁ、あいつらもなかなか面白い事をしでかしそうだしな。もし奴らが生きてこの王都を出られるようなミラクルを起こすなら付いて行ってもいいかもしれんね、こりゃ!」


 バーンはそう言い残すと部屋を後にする。

 薄暗い部屋に残されたイゼアはグラスに注がれたホットワインを飲み干し、ランプに火を灯した。


「「さよなら、私の唯一の友達……」」


 イゼアはまた男の姿に戻り、手帳を開いた。

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