第二十七歩 【協会と不死鳥 後編】
可憐な少女の笑みとは裏腹に魔獣たちの緊張は増々張りつめていく。
特に――
「テメェか……テメェが俺から全てを奪った野郎の……親玉かぁ‼」
メガロは怒号と共に部屋のサイズギリギリに巨大化すると生け簀の水を操り、少女に向かって突進していく。
ガチンッ‼
大きな音が響く共にメガロの突進が完全に止まる。
「落ち着けよ、魚野郎。少しは話を聞いてやっちゃくれないかな?」
メガロを止めたのはバーン。
自転車とダンプカー程の違いがある体躯の差をものともせず、片足のみでその衝撃を受け止めて見せたのだ。
「どけ、鳥公‼ 俺は――」
「お前の湖で起きた事件は把握している。言い訳になっちまうがあの事件はウェンドの野郎が暴走して勝手に起こしたものだ。ウェンドはどっこい生きてやがったが、イゼアが創薬協会を追放した」
メガロとバーンはしばらくの間睨み合っていたが、その間にイゼアが進み出る。
「協会の者が大変な罪を犯してしまいました。その罪によってあなたやあなたのお仲間から全てを奪ってしまった事も承知しております。また、そちらの方々にも多大なご迷惑をおかけしました。この度はそのお詫びとお礼を兼ねて来ていただいた次第なのですが……」
イゼアはそこまで言うとチェルクを一瞥する。
「私の従者がまた無礼を働いてしまったようですね。私の身を案じての事でしょうが、重ねてお詫び申し上げます」
イゼアの視線に身を強張らせるチェルク。
しかし、バーンは鼻で笑う。
「へっ、よく言うぜ。チェルクに秘密の通路は見せるな。こいつらの実力を見極めろって命令したのはお前だろうがよぉ!」
バーンはメガロの頭を足で踏みとどめながら余力を残しているように見える。
いつもの軽い態度からは考えられないほどの力を秘めているのだろう。
「確かにそういう命令を彼が出したのは事実よ。でも、私はそれを良しとしないし、こうなったのはあなたにも責任があるのではなくて?」
バーンの軽口にイゼアが答える。
だが、この二人の間だけはバーンもイゼアも口調と雰囲気が変わっているような印象を受けた。
「あなたが彼らの情報を報告してくれていればそれなりの対応もできたのに……あれ以降一切連絡をよこさないんだから! せっかくの新薬も無駄だったのかしら?」
「あの千里眼スキルの効果を付与する新薬なぁ……効果が1日で切れちまってよぉ。こいつらを見つけるのに1週間もかかっちまったんだって! しかも、魔力の調節が上手く利かなくなる副作用までありやがる。ありゃまだ改良が必要だぜ!」
メガロの前で口論を始める二人に俺たちは徐々に警戒心が薄れていく。
「ったく……んで? お魚さんはいつまでこうしてるつもりだい?」
バーンはメガロに視線を落とし、そう告げるとメガロは元のサイズまで縮小し、生け簀の水を戻す。
「んで? どう落とし前つけてくれるってぇんだ?」
メガロは殺気はそのままに戦闘態勢を解く。
「えぇ、全く償いにならない事は承知しておりますが、湖周辺の汚染は創薬協会が責任をもって対処いたします。また、あの村では事件の概要を可能な限り公表し、あなたの名誉回復も図っておりますわ」
「ケッ! 別に名誉なんざどうとも思わねぇがよ。これ以上あのクソみたいな霊薬の所為で被害に遭う奴が出ないのは何よりだぜ!」
「霊薬ってのは使う奴次第で益にも害にもなるのさ。怨むなら霊薬じゃなくてウェンドの野郎を怨むこった」
バーンがメガロに告げるが、メガロは納得しない。
「テメェらがあんなもん作んなきゃ俺の仲間は死ななかったんだ。それを怨むなって方が無理な話だぜ!」
「俺っちは不死鳥だからな。他の生き物が死ぬのは自然の流れとしか思えないのさ。俺っちが面白ければそれで満足ってね」
メガロとバーンは水と油の様に反発しあっている。
そんなピリピリした空気の中でもイゼアは動じない。
「あなた達にはウェンドを止めてくれたお礼をしたいと思っているのです。彼は優秀な研究員でしたが利益を優先するあまり、好ましくない方法をとってしまいました。創薬協会はそれを糾弾し、彼を永久に更迭致しました」
「奴がどうなろうが我らには興味が無いことだ。それより、我らが王都に入るのを手引きしてくれるというのは本当なのか?」
フェルの問いにイゼアは頷く。
「えぇ、それがお望みでしたら容易な事ですわ。今回の件をこれ以上口外しないという事を約束して頂けるのでしたら協力することはやぶさかではありません。ですが……」
そこまで言うとイゼアは目を細め、笑顔を少し消す。
「あなた達が王都で何を成そうとしているかによりますわね」
まだ笑顔のはずのイゼアからはさっきとは比べ物にならないほど冷たい雰囲気が漂ってくる。
「我らはただの付き添いだ。王都に用があるのはそこの異界人二人の方だからな」
フェルは横目で俺とシュウスケを見ると後ろに下がる。
「異界人であることは大体察しがついておりました。そうでなければ私が調合した霊薬の効果があれほど早く切れるわけありませんもの……ですが、ますますわかりませんわ。異界人であればわざわざ王の御膝下である王都に来るのは危険ではなくて?」
「お、俺は同じ異界人の人たちを助けたいんです」
「俺は世話になった人を探してるんす。多分、操られてると思うんすよ」
俺たちは素直に答えたが、イゼアはキョトンとしている。
まぁ、この目的を話すと人で在れ、魔獣で在れ信じられないという反応をするものだ
「な? 面白い連中だろ? 俺も是非とも顛末が見てみたいってもんよ!」
今までメガロと睨み合っていたバーンがいつの間にかイゼアの横へ飛んできた。
「ルイさんは優しいんですよ! ルイさんなら絶対にみんなを助けてくれるはずです!」
コタロウはこんな状況でも通常営業だな。
俺はそんなコタロウを抱き上げながらイゼアに告げる。
「俺は力なんかないし、大それたことが出来るとは思っていないけど……それでも何かできないかって思ってるんです!」
その言葉を聞いて、イゼアはまた笑みを浮かべた。
「そう、あなたはまだ呪縛から解き放たれていないのね。なら、自分が置かれている状況を正しく認識できなくても無理はないわ」
呪縛? 何の事だろうーー
自分でも感じている違和感の正体。
まさかそれが?
「良いでしょう。王都に入るお手伝いをさせて頂きますわ。でもまずは、そこの狼さんかしらね?」
イゼアはフェルを見ると、近づき抱き上げる。
「お、おい! 無礼だぞ! 降ろせ!」
フェルが騒ぐのもお構いなしに持ち上げ後足を見る。
フェルを相手にこんなことが出来る人物はそういないと思うけど……
「随分と厄介な術式が組まれていますのね。これでは生半可な解呪法は聞かないのではなくて?」
「そこの不死鳥も言っていたが、貴様ならなんとかできるというのか?」
イゼアは頷くと、フェルを床に降ろす。
「私が調合する解呪薬なら可能だと思うわ。調合には丸一日かかると思うから今日は客室に泊まって頂くことにしましょう。よろしくて?」
フェルの呪いが解けるなら俺たちに異論はない。
メガロは未だに不機嫌だが、これ以上暴れる気は無い様だし取り敢えず一段落といったところだ。
「チェルクさん、私は調合室でバーンともう少し話してから戻るから、彼らを客室にご案内してくださる? ただし、彼のやり方はよろしくなくてよ」
「かしこまりました。 では皆様、お部屋にご案内しますのでこちらへどうぞ」
俺たちはチェルクに促され、部屋を出る。
長い廊下を渡り、とある部屋でイゼアとバーンと別れた。
「それではごきげんよう、皆様。明日は彼がご挨拶に上がると思いますのでよろしくお願い致しますね」
部屋に入る前にイゼアはこんなことを言っていたが、彼とは一体?
それにバーンはイゼアの事を野郎と言っていた気がしたが……気のせいだろうか?
俺は少し腑に落ちない点をいくつか抱えつつ、チェルクの後に付いて行った。
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