第七歩 【路地と妖精街】
治安部隊との追いかけっこが始まってどのくらい経っただろうか?
俺たちは小さな路地の物陰に身を隠していた。
「そろそろ大丈夫かな?」
「近くに奴らの匂いは感じませんね」
俺は辺りを見回し、コタロウは鼻を動かしている。
町について早々、兵士に追われるとは――
もし捕まってしまえば王国の使い走り決定との話だし、世知辛いったらありゃしないね。
「ところでさ、フェルの魔法で目的地まで飛んでいけないか? 町中通るのは危なそうだし」
いつまた治安部隊に見つかるかわからないし――〝フロート〟の魔法なら簡単にたどり着けるのではないかと考えたのだ。
「残念だが、ここまで小さくなってしまうと魔法の類はほとんど使えなくなってしまうのだ。身体の大きさに比例して発揮できる魔力量も少なくなってしまうからな」
確かに、さっき〝フロート〟を使うときは身体を大きくしてたな。
「こんな町中でフェルさんが大きくなったら大騒ぎですからね」
さてと、計画がお流れになったのはいいが一体どうしたものか?
「あれ? なんかいい匂いが――」
俺が頭を抱えていると、コタロウは路地の奥に鼻を向け、吸い込まれるように進んでいく。
「お、おい! むやみに動くと危ないぞ!」
俺とフェルはコタロウを追っていく。
路地はかなり入り組んでいて、先が見えないような作りになっていた。
複数に分かれた道が何本も続いているが、コタロウは一切の迷いもなく道を選んでいく。
フェルにも聞いてみたが、特殊な匂いは感じないらしく、コタロウだけがその匂いを嗅ぎ分けられているようだ。
「コタロウの鼻だけってことは魔力かな?」
「おそらくな。しかし、こんな狭い路地がいつまで続くのやら……」
フェルが狭い所にうんざりしかけたその時だった。
パッと視界が開けると、今までの町の様式とは一風変わった風景が広がった。
今までの交易で栄え、人が多く行きかう町とは違う。
木々が生い茂り、その周りにいくつもの家が立ち並んでいるなんとも穏やかな雰囲気だ。
「ここは一体?」
「ううむ、ここには来たことがなかったが……何か妙な感じがするな」
俺たちはコタロウに導かれるまま、進んでいく。
そして、コタロウは一軒の家の前で立ち止まった。
「ここから甘い匂いがします!」
その家はほかの家よりも大きく、ステンドグラスがはめ込まれた奇麗なドアがあった。
そのステンドグラスには文字が刻まれている。
「えぇと、何? フェ……アリア? フェアリアだって⁉」
なんと驚き! そこは俺たちが探していた素材屋:フェアリアだったのだ。
「でかしたぞ、コタロウ‼ お前すげぇよ‼」
俺はコタロウの頭を思い切り撫でる。
「よし! さっそく中に入って花を換金するぞ!」
俺たちは意気揚々と店の中に入っていった。
~素材屋 フェアリア~
「お邪魔しま~す」
ドアを開けると見たこともないような道具や花などがズラリと並んでいる。
その奥には小さなカウンターがあるが、人の姿は見えない。
俺たちは少しずつ奥に近づく。
「はい、は~い! ただいま参りますよぉ!」
透き通るような声が奥から聞こえてきたと思うと、人影が店の奥から向かってくる。
「店主のヒューリです。フェアリアにようこそいらっしゃいましたぁ……って、あらぁ?」
出てきたのはものすっごく美人なお姉さん!
スタイル抜群のゆるフワ系女子って感じ。
ただ、気になることが1つだけ。
「なるほど、そういうことか……」
フェルが一人で納得しているようだが、俺にはまだ整理がついていない。
だって……
「ね、ねぇルイさん・・・人間の女性って羽生えてましたっけ?」
そう、お姉さんの背中には半透明で大きな羽が4枚生えているのだ。
しかも……飛んでるし!
「あらあらぁ、こっちの入り口から人間のお客さんなんて珍しいわねぇ」
人間って言ってるし!
「ここは妖精街だったのだな。 そしてこの店の表口は人間の町と繋がっているといったところか?」
「あらぁ、こちらの小さな狼さんは初めましてじゃありませんねぇ! 確か随分と昔にいらっしゃったようなぁ?」
「久しいな、店主よ。以前は人間の町側からの入店だったがな」
「あの時はもうちょっと大きかったような気がしますけどねぇ」
「あ、あのぅ店主さん?」
「ヒューリでいいですよぅ」
「じゃ、じゃあヒューリさん、こっちからの入店って不味かったですか?」
二人が思い出話を始めそうなので、少し割って入る。
「いえいえ~、別に妖精街に人間が入ってはいけないなんて決まりはないですよぉ! ただ、妖精街へのは入り口は滅多に見つからないようになってるんで珍しいなぁと思ってぇ!」
よかったぁ‼
また逃げなきゃならないかと肝を冷やしたが、その心配は無くなった。
「でも、本当によくたどり着けましたねぇ!」
「ここから甘い匂いがしていたのでそれを辿ってきたんです!」
コタロウがしっぽを振りながら吠える。
「あらぁ、あなたは魔力の匂いを嗅ぎ分けられるの? 私が実験に使っていた魔香草の匂いが分かるなんて! すごい優秀な子なのねぇ」
ヒューリさんが感激してって、え?
「そ、そういえば……フェルとコタロウの言葉が通じてませんか?」
あまりにも当たり前みたいな感じだったから、ついスルーしてしまっていたが、明らかにコタロウ達と会話してるじゃないか!
え? 異世界に来てさほど経っていないのにもう俺のスキルはいらない子宣言ですか?
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよぉ! 私のスキルなんかじゃないですからぁ」
なんか心読まれてるしぃ‼
「ルイ、うろたえるな‼ ここは妖精街だといっただろうが!」
冷汗が止まらない俺をフェルが一喝する。
「そう、ここは妖精街。妖精の力が一番高まる場所ですのよ。だからここでは私たちは何でもできるのです。魔獣や植物とお話しすることも、お客さんの考えを読むこともね」
ヒューリさんは微笑みながら言っているが、なんと恐ろしいことだろうか――
「悪ささえしなければ大丈夫ですよぅ。それに、妖精街の方から入ってこなければ普通の店ですしね」
うぐっ、また読まれた。
まぁ、こっちも何か企んできたわけじゃないし、当初の目的を果たすとしようか。
「で、では早速なんですが、この花を買い取っていただけませんか?」
俺は花をカウンターに広げた。
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