光の壁の向こうで。

友坂 悠

光の壁のむこうで。

 生きるのですアリシア。あなただけでも……。

 あたたかい。母親のイメージ。心の中まで包まれるようなそんな気分になって。でもなぜか悲しい、涙がじわって、止めようとしても出てきてしまう。動揺。諦め。睡魔。


 目が覚めるとそこはいつもの朝、いつもの部屋。何も変わることのない平穏な一日の始まり。

 また……あの夢だ……。はっきりとは覚えていないけど、あれは、ここ何日かずっと見ている夢。

 なにかの映画のワンシーンのようでもあるけど、わたしには心当たりがない。

 だいたいアリシアって誰のこと? 夢の中ではわたしのことそうよんでる人がいて、わたしも自分のことをそう自覚してるみたいなんだけど……。

 でもわたしには山本春香っていうれっきとした名前がある。アリシアなんて知らない、ほんと、たぶん、知らない。たぶん……、知らないと、思う、けど……、考えていると、自信がなくなってくる。

 そう、どういうわけかこのアリシアっていう名前には、わたしの心に引っ掛かる何か、があるのは事実なのだ。それが何かっていうことはぜんぜん判らないのだけど、なぜか耳障りのいい、懐かしいような、そんな名前なのだった。


 わたしは短大卒業後小さな電気部品の会社に事務員として就職して、ごくごく普通のOLとしてもう2年働いている。社長さんも奥さんもやさしいいい人で、従業員も少ないけどみんな仲良く働いていて、まあ、お給料はそんなに多くはないけど、そんなに不満はないな。たぶん結婚するまではこのまま務めることになると思う。

 そう、結婚。たぶんこのまま結婚することになるんじゃないかなっていう彼氏、天野明くん。

 知り合ってからまだ1年しかたたないけどうちの両親もすっかり気に入っていて、お母さんなんか「いい人ねえ」の連発だし、お父さんも「向こうの親にあう時はお嬢さんっぽい格好で、絶対にブラウスの第一ボタンをはずしたらだめだ」とか、そんなことばっかりで。でもそのおかげか向こうの両親の前では「おとなしいお嬢さん」をけっこうかんぺきに演じられて、気に入られたらしいから良かったのだけど。

「はるか! 起きなさい。もう七時よ!」

 お母さんの声。

「はーい。もう起きたよー」

 もう用意しなきゃ遅くなっちゃう。

「朝ご飯の用意できたわよー」

 今日もまたいつもの通りの一日が始まる。


 仕事を終えて帰ってくると明くんから定例コール。まあね、いつもいつも会ってるわけにはいかないから、その代わりの電話なんだけど。そんなことも、なんか嬉しい。今が一番幸せなのかなって思うこともあるぐらい。

 結婚は……、やっぱりしたいし、幸せな家庭っていうのにも憧れるけど、でもお舅さんと上手くやってゆかないと、なんて考えると大変そうだから。そんなの贅沢な悩みなんだと思うけど、それでも今が幸せだからこのままがいいなって思うのかな。もちろん行き遅れたくはないんだけどね。

「それで今度の日曜の件だけど」

 明くんが電話の向こうでそう言った。毎週日曜日がわたし達のデートの日。

 最近は大抵車でドライブするぐらいなんだけど。

「映画でも見に行かないか」

「うん。久しぶりね、映画なんて」

「結構前評判のいいやつがちょうど封切りだから。まあたまには映画館で見るのもいいしね」

「そうね。ここの処映画っていえばビデオ借りてきて見るだけだったもの」

「じゃあ決まりな。十時に迎えに行くから」

 結局明くんはその映画のタイトルを教えてくれなくって、わたしもあえて聞かなかった。

 映画かあ。まあわたしは明くんと会えればどこでもいいんだけどな。


 日曜日。

 わたしたちは映画館に来ていた。

 明くんが車で家まで迎えに来てくれて、まず喫茶店でお茶をしてかるく昼食をとってから行ったのだった。

 そして映画が始まって……。

 わたしは奇妙な感覚に襲われていた。

 知っている。この映画。前にもどこかで……。

「ねえ、明くん。これって前にテレビかなんかででもやった?」

「きょうが初日の新作だよ、そんな筈ないに決まってるだろ。あっそうか、春香は予告のことを言ってるんだろ? これ話題作だったから何度もテレビで紹介されたもんな。俺もそれを見て知ったんだから」

「ううん、そうじゃなくって……」

「まあ春香が見てるつもりがなくってもテレビで流れてたら自然に目に入っちまうってこともあるし。それだよ、きっと」

 わたしはそれ以上言えなくなってしまった。せっかく誘ってくれた映画にケチを付けて、明くんの機嫌を損ねるのは嫌だった。

 でも。

 ほんとに、そんな予告とかじゃなくって……。

 わたしは、知っているのだ、この映画、ラストシーンまでしっかりと……。

 映画が終わって、それはやっぱりわたしの知っている通りの結末だった。そしてもうひとつ、知っている事。気づいてしまった事。

 思い出してはいけなかった事。

 それは……。

 さっきの会話。

 わたしと明くんとの。

 それもやっぱりわたしには覚えのあるものだったのだ。

「どうした、春香。顔色、悪いよ」

 映画が終わって、辺りが明るくなって、わたしの尋常でない様子に気がついた明くんが心配そうな面持ちでわたしにそう声を掛けてくれた。

「ううん、大丈夫」

「大丈夫じゃないよ、すごく気分悪そうだ。暑いのか? 汗もかいてる」

「ごめんね。風邪、かな。たぶん……」

「しょうがない。今日はもう帰ろう。家で寝たほうがいい」

「ごめん……」

 明くんはわたしを送ってくれて。

 別れ際、

「風邪ぎみなのに無理したんだろ、ほんとにばかなんだから」

 と言うとニコッと笑って、

「気なんかつかわなくていいんだからな。もう、ちゃんと寝るんだぞ」

 と言って、帰って行った。

 それは、今までのわたしだったら、それだけでうれしくなってしまう、そんな些細なことだったけど幸せな気分になれる、そういうシチュエーションだった。

 わたしには明くんの気持ちが、ほんとにわたしのこと心配してくれたっていうことが、痛いほど判っていて。いや、というよりも、明くんの心の動きを知っていた、と言った方が正しいと思う。

 そう、わたしには……。


 それからのわたしは、どこか、すべてのことについて違和感を感じるようになった。家にいても会社にいてもわたしの心がどこか違う場所に行ってしまったような感じがして……。

 だからといって世間の様子が変わってしまった、というわけではなくって、わたしの心だけがここから、この場所から、すこしずれてしまったというか、まるで空中から自分のことを眺めているような、そんな気分だった。

 わたしの周りで起こることはすべて過去にあったことのようで、わたしはそれをまるでビデオで見ているような、そんな気がしていたのだ。

 でも……、それは決して過去の自分を見ている、というのとは違った。

 わたしはわたしの周囲の人の眼を通して今わたしについて起こっている事柄を記憶していたのだ。

 それはほとんどあいまいな記憶ではあったけれども……。

 またそれは映像の記憶だけでなかった。

 わたしは……、わたしは過去天野明であり、また母でも、父でもあった。そしてわたしの会社の社長であったことも、同僚であったことも、近所の人であったこともあっただろう。今のわたしは、確かに当時の感情までもをあいまいなものではあるが覚えているのだ。

 もちろんそれはただ、記憶というものがそう示しているだけのことであって。


 信じたくはなかった。そう信じることが怖かった。そう信じることは、わたしがわたしであるというごく単純でまぎれもないことだと思っていた自分の存在をあいまいにすることであったし、また、この世界に存在する意識がすべてわたしのものである、という結論になってしまいそうで、怖かったのだ。

 それはまた、その考えがわたしの中に浮かんできたときから、わたしにとってはいつまでも消えない火種のように、いつまでも燻っていた。そして、耐えようのない孤独感と恐怖、絶望を感じていた。


 わたしは誰?

 わたしは山本春香。

 二十二年生きていて、普通に、幸せな人生を送ってきた筈の。

 でも、それを記憶が邪魔をする。

 この世にはわたしだけしかいないの?

 それとも……。

 この世界はわたしの頭の中だけの、わたしだけしかいない、わたしの夢の世界なのだろうか。 それは……、寂しすぎる。

 そして……。


「はるか! 起きなさい。もう七時よ!」

 今日は会社に行きたくない。

 頭が重い。

「お母さん、わたし、今日、休む」

 わたしはぼーっとした頭をかかえながら、台所に立つ母にそう言った。

 しかし母はそんなわたしの様子に気がつかないみたいで、

「朝ご飯の用意できたわよ」

 と、振り返りもせず、いつもの調子でそう言ったのだ。まるでいつもの映像の再生のように。

 カタッ

 何かがずれた。

 その瞬間わたしの中で何かがずれた。

 コノヒトハ オカアサンジャナイ

 ソレドコロカ コレハゲンジツデモナイ

 暗転。突然の暗転。

 突然ビデオの電源が切れたように。

 目の前が真っ暗になった。


 ──イレギュラー

  暗い。

  何もない世界。

 ──イレギュラー

  ワタシハ ダレ

  ワタシハ ナニ

 ──イレギュラー

  光がある。

  小さな光がだんだんと大きくなる。

 ──イレギュラー

  そしてすべてが光に飲み込まれていった。




 うーん、頭が痛い。

 なんか、ずーっと夢を見ていたみたいな、そんな感じ。

 あんまり熟睡できなかった。

「はるか! 起きなさい。もう七時よ!」

「はーい」

 わたしはそう返事をして、台所に行った。

「お母さん、おはよ」

「あら、早いのね。いつももっともたもたして、なかなか起きてこないのに。はーん、今日はデートだからかな」

「そんなんじゃ、ないわよ。なんか、頭痛くって」

「まあ、風邪? 風邪は引き始めが大事だからね、今日のデート大丈夫なの?」

「うん、たぶん。映画、見に行くだけだから」

「そう、ならいいけど。でも薬はちゃんと飲んどきなさいね」

「はーい。判った」

 わたしはそう言いながら、顔を洗うために洗面所に向かって。

 今日は映画。この間約束した明くんとのデートの日。わたしはすっごく楽しみにしていた筈なのに。でも……。

 でも、なんだろう、この違和感は。

 なんだろう、この不安感は。

 風邪ぎみ、だからではない。これは……。


 そして、わたしは明くんと映画館に向かって歩いていた。喫茶店によって、そこから映画館へと、細い路地に入って。

 あの違和感と不安感は今でも続いていた。

 それがわたしにとってどういう意味を持つのか、判らなかったけれど。


 昼間なのにちょっと日陰になって、薄暗い路地だった。その、わたしの前方に、一人の見知らぬ男の人が立っていた。

 その人は、わたしの方をじっと見つめていて、わたしは思わず立ち止まった。

 そして。

「アリシア」

 一言、たった一言その見知らぬ人は呟いた。いや、ほんとにそう言ったのか、はっきりとは判らなかったのだけど。わたしにはなぜかそう、聞き取れた。

 わたしはそのまま立ち尽くし、その人を見つめていた。

「どうした? 春香。なにかあったのか?」

 明くんが、そう話しかけるまで、わたしは隣にいる明くんのことなどすっかりと忘れていた。「ごめん。明くん」

 そう答えたものの、まだ目が離せなくて。

「あの人……」

 わたしはその人を指さして――路上で人を指さすなんて、そんなこと失礼だってことは充分判ってることなんだけど、それでも――明くんにそう言って。

 でも、

「誰?」

「誰って、そこの、街灯の下にいる男の人」

「どこの?」

「すぐ、そこの」

「そこのって、今この道には、向こうの交差点まで誰もいないぜ?」

 見えてないんだ。明くんには。

 明くんは、不思議そうな目で、わたしを見てる。

 あれは……、幽霊?

 こんな真っ昼間から?

 でも……。

 あの人「アリシア」って、言った。

 たぶん。

 アリシア。わたしがいつも見ていた夢の、あの名前を。

「春香、早く行かないと始まっちまうよ」

 明くん、ちょっと苛ついた顔をしてわたしの手を引っ張って。

 わたしは引かれるままに明くんについて行った。

 そしてその人は、わたしが横を通り過ぎる時、もう一度、今度ははっきりと、アリシアって言ったのだ。それはやっぱり明くんには聞こえていなかったみたいだったけど、わたしには間違いなく、そう聞こえていた。


 映画は、見ていなかった。

 わたしは風邪を本格的にひいたみたいで、冷や汗と頭痛、喉の奥から込み上げるような気持ち悪さに悩まされ、とても映画を見るどころではなかった。

 明くんは心配そうにわたしを家まで送ってくれて、帰って行った。

 ──これで、いい

 心の奥で、そう声がしたような気がした。

 一瞬、それがなにか大事な事のような、そんな気がして、でもすぐに、考えちゃいけない、忘れなきゃいけない、という気持ちが心を占めていた。

 そう、これは、考えちゃいけない事。

 思い出すと、だめだ。

 怖い。

 わたしは頭の中をからっぽにしたくて、なにも考えたくなくて、ベッドに転がった。

 そのまま眠ってしまいたかった。




 身体が宙に浮いている。全身の感覚が少し麻痺してる。

 周りはひたすら暗い、光がない世界なのに、なぜかわたしにはこの世界の広がりが感じられる。光がなくっても、どこかに何かあれば判る、気がする。

 これは夢かな。

 そう漠然と考えて、すぐに違うって、自分の中で答えをだしていた。

 彼だ。

 彼がいる。

 見えるわけではないけれど、わたしの前方、すぐ近くの所に、いる、感じる。

 彼が、あの、アリシアって呟いた、彼が。

 わたしは……、わたしは……、わたしは……。

「なぜ、なぜあなたはわたしの前に現れたの? あなたが、あなたが現れなければ、わたしは……思い出さずにすんだのよ! やり直せるはずだったのに!」

 わたしは叫んでいた。

 しあわせな、暮らし。もう二度と戻らない、平凡な、わたし……。

「でも、君は思い出してしまった。ぼくが来る前に。その世界が現実の世界じゃあないという事を。君の、理想の、夢の世界だということを」

「そんなの、どうでもいいじゃない! 現実の世界がなんだってのよ! かえしてよ、戻してよ、わたしを、あの世界に戻して!」

 なにも起こらない、ただしあわせな世界。 たぶん人類が一番、平凡な幸福にひたれた時代。 わたしの理想だった。

 わたしはそんな世界で、何度も何度も繰り返し、いろんな人生を生きることができた。

 でも……。

「君は、本気でそう思っているのか? 君は、気づいているはずだ。君が、生きる場所はそこではない、ということを。今までの、仮想現実世界での君は、決して生きていたのではない、ということを」

 ああ、だめ。もう、嘘を、つけない。

 そう。気づいてた。

 もう、覚めなきゃいけないって。

 甘えていた。

 このまま、しあわせな夢に、溺れていたいって。

 ごめん。あなたは悪くない。

 わたしが、わたしがこの仮想現実の世界にいることに疑問を持ってしまったんだ。

 そう。たとえ触れるものがリアルな質感を持っていようと、たとえ目に写るものがはっきりした姿をもっていようとも、未来もない、何もない、わたしじゃない、夢の世界だ、ということを。

 あなたは、わたしのもうひとつの声を、代弁してくれただけなんだって。

 だから。

 もう、起きよう。

 未来に向けて。

 本当の自分の人生を送る為に。


 一点の光が現れ、わたしはその光に向かって近づいて行った。

 段々とその光は、壁のようにわたしの前一面を埋めつくして。

 わたしは、その壁を突き抜ける。

 そして──




 カプセルが開いて、わたしはゆっくりと起き上がった。

 身体のあちらこちらから悲鳴が上がっていたけれど、とくにだめな所はないようだ。

 あれから、いったい何年の年月がたったのだろう?

 それは、たぶんもうじきに、判る。

 わたしを起こしてくれた彼、こうして記憶が戻ってみても、やっぱり名前も知らない彼が、こちらに向かって歩いて来るから。

 そう。わたしは思い出していた。すべての事を。

 わたしの名前はアリシア。アリシア=ローレン。

 家族のなかで、唯独り、このシェルターに入ることが、入る権利を得ることができて……。


 最終戦争が今にも起きようか、と緊張状態が続いていた二十一世紀後半。各地でシェルターの建設が続いていた。

 しかし、強度、居住スペース、食料の備蓄、などの問題から、その収容可能人数は、全人口のコンマ1パーセントにも満たなかった。

 そんな中、その収容人数の大幅アップを目的として開発されたのが、この、コールドスリープシェルターだった。

 なにしろ、食料問題から、自然環境の再生する時間まで、一気に解決する画期的プランだったのだ。ただひとつのことをのぞいては。

 当時、コールドスリープの技術的な問題はほぼ解決されていた。確かにそれは短い期間ではうまく成功したのだ。数日間であれば。

 ただそれ以上となると、個人差があって確かな数字は判らないものの、ほとんどの者が、二度と目覚めぬ植物状態になってしまったのだった。

 そう。問題は心にあった。

 人間の身体は、精神の入れ物だった、ということが、はからずも証明された形となった。もちろん精神だけで生きていけるわけではなく、コールドスリープにはいるときの一時的な仮死状態は、たとえあとで再生して、生きているときそのままに戻したとしても、心まで取り戻すことができなかったのだ。

 そこで、考えだされたのが、脳の一部をコンピューターにリンクして、そのコンピューターのつくりだす仮想現実のなかで心を生かしておく、と、いうものだった。

 それがどういう結果をもたらすのか、しっかりとした回答はでていなかったけれど、人類には、それに賭けるしかもう手段が残っていなかった。


 カプセルが並んでいる。

 そう、ここのフロアだけで、約二千のカプセルが並んでいるはず。

 このシェルターは四層構造になっていて、収容人数は八千人を越す。それでもこの地域の人口の1パーセントでしかなかった。

 わたしは、ここに入ることができた、けど、わたしの家族は、だれも……。

 カプセルが並んでいる。

 半分ぐらいはまだ動いているようだ。ランプが光ってる。

 でも、残りのカプセルは……。

 全部じゃない、とおもう。全部じゃないって、信じたい。でも……。

 見てしまった。

 確かに、確かに、形あるものはいつかは壊れるものだ。それは、頭の中では納得できることで……。

 でも、そんな、悲しいじゃない。

 未来を夢見てコールドスリープに入って、でもそこが、自分の棺桶になってしまうなんて……。

 カプセルに入ったまま、死んで、ミイラになってしまった人達。

 彼らは……、たぶんそんなことは知らずに、苦しまずに、死んでいったのだろう。

 それがせめてもの救いかも知れない。

 そう思いたい。そう考えなければ、ほんと、悲しすぎる。

 夢の世界で、しあわせな人生を送って。


 もう、彼がそこまで来ている。

 他の人も起こしてあげることができるのだろうか?

 何の疑問も持たずに、仮想現実の世界で満足して暮らしている人を起こすことが、いいことなのか、今のわたしには判らない。

 でも、このまま死んでしまうとしたら。

 たぶん、コールドスリープ装置の、機械としての寿命がきているのだとしたら。

 わたしは、恨まれたっていい。起こしてあげたい。

 彼も、そう思ったのかな。


 わたしたちはこれから、どうなるのだろう。

 外の世界は、どうなったのだろう。

 未来は、どうなるのだろう。

 わからない、けど……、でも。

 わからない未来だから、わたしは、わたしのできる限りのことをして、精一杯、生きていく。

 わたしの人生だから。


 ほら、彼がここまで来た。


                end

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光の壁の向こうで。 友坂 悠 @tomoneko299

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