唐揚げ

ぱっぱぱらぱ

第1話

小さなグランド。利用する人も少ないのだろう。あまり整備されていない。

広めの空き地。そんな感じだ。その隅に倉庫の建物がある。こちらは、なかなかしっかりしている。

そこにユウタは一人やってきた。あたりは薄暗くなってきている。まわりには誰もいない。

「オッセーぞ。早く来いよ」倉庫の窓からマサヤが声をかけてきた。暗くて見えないが、中にもう一人、いつもつるんでいるシンジがいるはずだ。


ユウタは歩みを止めた。気づかれないようにチラッと倉庫の屋根をみる。上にしゃがんでいる人影を確認して、また、ゆっくりと倉庫に向かって歩き出した。


倉庫の扉から三メートル程距離を置いて止まった。


「持ってきたか?」マサヤの声がした。ユウタはうなづいて、ポケットから封筒出してみせた。


ユウタはそこから動かない。中で待っていたマサヤが「何してんだよ」とイラついた言葉を吐き、扉を開けた。外へ出ようと一歩踏み足した時、マサヤの頭に何がかかった。頭から肩、腕、背中へ流れ落ちる。若干ドロッとした液体だ。ジュッという音と、パチパチとはじける様な音がして、白い煙がうっすら上がる。マサヤは猛烈な痛みを感じ飛び退き倒れ込んだ。




その日、ユウタは覚悟を決めていた。「もう限界だ」これ以上、金を調達する事などできない。半年になる。マサヤたちに脅され金を渡していた。自分の小遣い、バイト代、貯金、親の財布から持ち出したこともあった。いつまで続くかわからない苦痛。ここから抜け出すことを決めた。


声をかけてきたのはヨウイチの方だった。「ユウタ君も、マサヤ達に脅されてるんだろ?」ヨウイチもそうなのだという。二人で話をしているうちに、仕返しをしようということになった。決定的な形で。実はユウタには計画があった。しかし、それには一緒に実行してくれる相手が必要だったのだ。それが、相手の方から話し掛けて来てくれた。願ってもない機会だ。二人は入念に準備をした。そして、決行。




マサヤは唸り声を上げながら、水を求めて移動し始めた。「どうした?」そういながらシンジが出て来る。腕、首等などが焼けただれ、唸り声を上げているマサヤを見たあと、ユウタに視線をうつした。そして何か言おうとした瞬間、ユウタが首を動かし倉庫の上を見た。それにつられるようにシンジは上を見てしまった。「単純なヤツ」ユウタがそう思う間もなかった。シンジは顔にドロッとした液体を浴びた。また、ジュッっという音、パチパチとはじける様な音。そして、うっすらと白い煙。声すら出せなかった、息が吸えない、目も開かない。激しい痛み、これが熱さだということに気付いたときには地面をのた打ち回っていた。辛うじて呼吸をすることを思い出し、少しずつ吸った。そして、絶叫とともにすべて吐き出した。


マサヤは倉庫のわきの水道にたどり着いた。水を出しそこに右腕を挿しいれた。一瞬冷たさが心地よかったが、表面の皮膚が水流にズルリと剥がれ落ちた。排水溝の網にひっかかる。表皮を失った皮膚に水が沁みて痛い。しかし、それ以上に水で冷やさなければ耐えられないほどの痛みが襲ってくる。


突然、右腕にさらに激しい衝撃を覚えた。堪えきれずに倒れてしまった。辛うじてを振り返ると、バットを持ったユウタが軽く微笑んで立っていた。「ごめんね。僕も実行犯なんだ。」バットが左腕、右足、左足と何度も振り下ろされた。ミシリという嫌な感触。その度に激しい痛みがマサヤを襲う。ユウタに頭を狙う気はないらしい。バットは執拗に手足に振り下ろされた。すさまじい苦痛が抵抗する気力さえ奪った。マサヤが全く動くこともできなくなって、ようやくバットが止まった。


「……助け………て……」マサヤはどうにか、この一言だけを発した。

「えぇぇ!?そんなこと言われても、絶対折れてるよ?もう僕が助けられる状態じゃないよ。宿題もやらないといけないし、見たいテレビもあるから無理」


言いつつ、焼けただれた肩に一撃くわえ、脚を持ってマサヤを引きずる。倉庫に連れ込んだ。すでに一人倒れている。顔が焼けただれ誰だかわからないが、おそらくシンジだ。呻いているので生きてはいるようだ。

「手伝おうか」大きなリュックを背負った少年が入ってきた。ヨウイチだ。

「手と足を縛って」「オッケー」倒れた二人の手足を縛る。

そして、ヨウイチがリュックからカセットコンロとボンベを取り出した。一度外へ出ると鍋を抱えて戻ってくる。それをコンロに乗せると、また外に出る。サラダオイルのパックいくつかを持っていた。それを開け鍋へとそそぐ。そして着火。

「窓は少し開けといた方がいいよ。酸素が無くなったら火が消えちゃう。ガス中毒もいいかもしれないけど、派手な方がいいな。」

「僕もそう思う」十センチ程窓を開けておく。コンロ用のボンベを五本、近くに立てた。そして二本ずつ倒れている二人の服に押し込んだ。さらに一本、そっと油に浮かべる。それを想定して油の量を調節していたのだろう。油が鍋からあふれることはなかった。

「ガスたくさん準備したんだね。」

「持ってくるの大変だったよ。でも、これくらいはあった方が絶対面白いよ。」

油のパックをもう一つ開けて周囲に撒いた。もちろん二人にもたっぷりと。

「マサヤ君、シンジ君。じゃね。」「あんまり、弱いもの虐めしないほうがいいよ。バイバイ。」

外へ出ようとしたユウタが振り向いた。

「そうそう、動くと危ないからね。動けないだろうけど。」

倉庫の戸を閉め、ユウタとヨウイチが帰っていく。あたりはかなり暗くなってきている。



「なかなか、うまくいったね。」

「そうだね。まあままかな。で、いつ警察に出頭するの?」

「いつでもいいんじゃない?」

「今日なら宿題しなくていいかなって思ったんだけど。」

「僕もうやったよ。」

「えっ!そうなんだ。……実はね、いいこと考えたんだ。全部ユウタ君のせいにして、ユウタ君に自殺してもらうの。どう?」

「気が合うね。僕もヨウイチ君のせいにしたらどうかなってのも、ちょっと考えてたんだ。」

二人が笑いあった。

突然、ドーンと大きな音が一発。その後続けて三発。二発。空気が、そして地面が震える。倉庫の窓から炎と真っ黒な煙がが噴き出し始めた。次第に倉庫全体が燃え始め、あたりが明るくなり熱が感じられた。

 「派手だね。」

 「派手だね。」

 二人は燃え盛る倉庫を暫く見ていた。遠くで消防車とパトカーのサイレンの音が聞こえ出した。野次馬が集まってきて口々に何かわめいている。ここでもう一つ、やや小さめの爆発が起こった。野次馬から悲鳴があがる。


「さてと、ユウタ君。」グランドと反対方向にゆっくり歩きながらヨウイチが話しかける。

「隣のクラスにもマサヤ達にいじめられてるヤツが二人いるの知ってる?」

「うん、知ってるよ。その二人は有名。」

「その二人も、マサヤ達の事、殺したいくらい恨んでたよ」

「そうだろうねぇ。」

「実は、コンロもボンベもサラダオイルも、その二人が準備してくれたんだ」

ヨウイチの顔がいたずらっぽく笑う。

「そっか。…じゃ、そうしようか。」

「だよね。」

その時、続けざまに四発の爆発音が聞こえ炎が一段と高く上がった。

二人が笑って顔を見合わせる。

「じゃ、今からその二人のとこ行くの?」

「いや、大丈夫。もう済んでるんだ。手紙書いてもらって、二人ともあの倉庫の中だよ」

「わぁ、ヨウイチ君、悪人だね!!」ユウタが大げさに言う。

「それ程でもないよ。ところで、お腹すいたね。晩御飯、何にする」ヨウイチが極自然に訊いてくる。

「うぅん…、当分、天ぷらは食べられないな。」

「じゃ、唐揚げでどお?」

「えぇ、やだよ。」

本気で嫌そうなユウタの顔を見てヨウイチが吹きだし、つられてユウタも笑った。


あたりはもう、すっかり暗くなっていた。

                                 完

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