1‐12 お菓子少女再び

 今日もいつものようにはじめに潮音と特に意味のない会話を交わし、それぞれがしたいことに移る。

 部室内に無音が生じるが、阿佐谷が意味なく騒ぎまくるよりは遥かににいいものである。

 部室の壁に設置してある時計の針の音が響き、ふとした拍子に現実に引き寄せられる。

 それは潮音も同じだったようで、読んでいた本から視線を上げ

「ねぇ、朱鷺はもう今日来ないのかしら?」

 と尋ねた。

「さあ…少なくとも、今日一緒に受けている講義には出てなかったな」

「そう」

「やっぱり、いなきゃいなきゃで寂しいのか?」

 普段は文句を言っていても二人は幼馴染の関係だ。俺にはわからない感情というものがあるのだろう。

 そう思っていたのに

「はあ?何言ってんの?冗談は顔だけにしてちょうだい」

 即座に否定された。自身の美しい顔を思いっきり歪ませてまで否定したことに何とも言えない感情になる。

「まあ、こんな時間まで学内で姿を見せないってことは、今日はもう来ないんじゃねぇの?」

 重くなった空気を軽くするためにそう発言しても、潮音の表情の変化はあまりなかった。

 こうなったらもう現実逃避しか道は残されていない。操作中の携帯ゲーム機に目を移し、攻略を進めるが、当然こんな重苦しい空気の中では上手くいくはずもない。

 この時ばかりは誰かに部室の空気を壊してほしいと思った。そうなるとあれほどウザく思っていたはずの阿佐谷でもいいと思えるのだから不思議だ。いや、空気が重くなった原因の一端に阿佐谷もあるのだが。

 そのように手に冷や汗を握らせていた時だった。部室の扉が開く軋んだ音がした。

「よっ!」

 呑気に挨拶をする人物に後光を感じたのは言うまでもない。背後で機嫌悪そうに舌打ちする潮音に恐怖を感じたが、それでもこの空気を読めない男が、この場の思い空気をぶち壊してくれることに期待せずにいられない。

 嬉しさのあまり「阿佐谷」と声をかけようとした時にその背後で何か動いているものを見つけた。

 そっとその動くものを見ると

「結衣ちゃん?」

 戸惑ったような表情をした結衣がそこにいた。

「俺が呼んだんだ」

「呼んだ?」

「呼ばれたので…」

 おずおずと見せられたスマホの画面にはいつのまにか阿佐谷とID交換されていたメッセージアプリの文面を見せられた。

 それによると、「明日時間が空いていたらメディア研究会の部室に来て。美味しいお菓子を用意して待ってまーす」というものだった。

「美味しいお菓子が気になって…どんなお菓子かなって想像したら行くしかないかなって思いまして」

 そう言って彼女は恥ずかしそうに笑った。

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