微笑みを数える日―猫目鉄道の風物詩―

大月クマ

12の月の『虹乃袂』駅

(遅いな……)


 改札口にいる駅員、制服を着た白ネコが落ちかなくカチカチカチカチ……と、キップ切ハサミを鳴らしていた。


 猫目鉄道の『虹乃袂にじのたもと』駅の待合室には、毎年同じような客でごった返している。


 12の月に入りが始まったからだ。


 客は白い髭をたくわえ、毛皮か藁で出来たマントを羽織っている。みんな一様に長い杖と大きな鈴、それに白と灰色の袋を脇に抱えていた。

 白い袋の中身は、この近くの商店に出向いて仕入れたリンゴや木の実、ジンジャーブレッドなど甘いお菓子や食べ物が、灰色の袋には小石や石炭なんかが入っている。


 6の日に、あるじと一緒に配るためだ。


 新鮮な食べ物を用意しようと思うと、みんな同じような日付に買い出しとなる。

 この駅の周りの商店は、この時期に売れる商品を専門に扱っているところが多い。

 そのためにいつもは閑散としているこの駅は、特にこの12の月になるとごった返してしまう。


 ハサミをカチカチと鳴らしている駅員は、チラリとポケットの中の懐中時計を取り出すと時間を確認した。


(列車が遅れている)


 そのネコ駅員がイライラしているのはその所為だ。

 改札口から外を見れば、極夜のために薄暗く、霞が立ちこめていて視界が悪い。


(今日の牽引車は2号機か……)


 来る列車の担当を思い出した。担当は黒猫の兄弟で、釜焚きの兄と運転士の弟。腕は確かだが、兄はのんびり屋で弟は心配性だ。

 今日は客が多いと見込んで客車や貨物車を増結しているので、どこかの信号所で少しでも列車に何かあれば停車しているのかもしれない。

 安全第一なのはいいが、それで遅れられるのは困ったものだ。

 待合室の客は打って変わって、時間も気にせずお喋りに明け暮れている。だが、いつ遅いと怒り出すか判らない。

 ふと気が付けば、駅員室からブチネコの駅員が現れた。

 手にはメガホンを持って、白猫の前……つまり改札口にやって気だ。


「ええ……まもなくドイチュラント・ネーデルラント方面の列車が参ります。

 お手元の荷物のふだの確認を今一度お願いいたします!」


 メガホンで乗車案内を開始しはじめた。

 白猫の駅員は、少し驚きながらホームの端を見れば、ガタガタと古い信号機が動いているのが見える。

 木の棒と赤い光で『停止』を指示する信号だ。つまり、まもなく遅れていた列車がゃって来るということだ。他のネコ駅員も列車の駅への進入を準備するために出てきた。


 そして、遠くから汽笛が聞こえてくる。前照灯ぜんしょうとうの光が霞を切り裂く。

 シッュシュシュッっと煙と蒸気を騰げながら真っ黒い機関車がホームに入ってきた。


 その音を確認するように、客達がおしゃべりを止め、改札口に集まってきだした。

 完全に列車が停止するのを待って、白ネコの駅員は改札口を開けた。と、乗客達は我先にと改札口を通ろうとするではないか。

 一番いいところや自分のお気に入り、降りる駅に便利な席を取るためだ。

 あちらこちらからキップを差し出されるのを、白ネコの駅員は受け取ると、行き先を確認しハサミを入れる。そして、差し出したであろう手に戻していく……ただ、ここで見逃してはいけない。

 ちゃんと正規のキップを買っているか、荷物の持ち込み許可キップを持っているか。

 ズルする者が現れると、売り上げに響く。入場券だけで列車に乗ろうとするものもいるからだ。


「客車内への大きな荷物の持ち込みはご遠慮ください!

 貨物車は十分ご用意しています。そちらにお預けください!」


 先程のブチネコの駅員は再度案内をした。

 客は大きな袋を貨物車に預けなければならないのだが、ここでもズルをする者が現れる。人の荷物の方がいい、とばかりに自分のと取り替えてしまうのだ。

 自分達がをするくせにして、自分達はズルをしようとしているのだから、駅員もたまったものではない。

 数年前からタグを付けて、他人の荷物と区別できるように工夫をしたが、なかなか上手くいかないものだ。


「列車が出発します! お急ぎください!」


 赤い旗を掲げたトラネコの駅員が声を張り上げる。

 列車の後方で三毛ネコの車掌がひょっこりと顔を出し、笛を咥えて出発の合図を待っていた。


(列車が遅れているというのに、何をもたついているのか……)


 改札口の白ネコの駅員は一仕事追えて一息ついていた。

 ほとんどの乗客が乗り込んでいる。

 気が付けば、信号機が『進入』を合図する青色に変わっていた。残りの作業は駅員がホームの安全確認を行い、緑色の旗を振るだけだ。

 ホームに残っているのは駅員と、何かに手間取っている数名の客。


「出発しますから早く!」


 しびれを切らしたのか、大柄のサビネコの駅員がもたついている客を小人のように担ぎ上げると、列車に放り込んだ。

 それを待っていたかのように、トラネコが緑の旗を振る。と、ピーッと甲高い笛の音が響き渡ると、機関車の汽笛が唸りを上げた。


「まっ、待ってくれ!」


 白ネコが振りかえると、ひとりの乗客が慌てて改札口に駆け込んでくる。

 さては待合室で居眠りでもしていたのか……ともかく、まだ列車は出発したばかりだ。まさに這うようにホームから離れようとしている。頑張って走れば間に合うかもしれない。

 ここで再び、大柄のサビネコが現れた。遅れていた乗客の荷物を掴むと、近い乗車口に投げ入れる。それから客を拾い上げ、最後尾の列車のデッキに放り込んだ。


(やれやれ、これで一段落付いたな)


 白ネコは本当に一息ついたとばかりに、大きな息をついた。


 これがこの猫目鉄道の『虹乃袂』駅のシーズンの始まりを告げる風物詩だ。

 毎年同じように始まる。

 この先、12の月の中旬には自慢の白髭をたくわえた大柄の老人やその孫娘達でごった返す。

 一の月、新年の始まり頃には魔女達が集まってくる。


 さてホームの先、線路の先はどこに繋がっているのだろうか?


 霞の向こう……線路の先は世界中に繋がっている。

 猫目鉄道は刻を繋げている鉄道。季節を運ぶ特別な鉄道だ。


 この駅の周りの商店は、季節に合わせたそれぞれの商品を扱っている。

 世界中の子供達の微笑みのために、色とりどりの商品を取りそろえて……。

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微笑みを数える日―猫目鉄道の風物詩― 大月クマ @smurakam1978

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