第5話
【おかえりなさい】
22時過ぎに帰宅。
手洗いうがいをし、換気扇の下で一服。
熱いシャワーを浴びて、特にテレビを観ることも、
SNSをすることもなく、酒を飲む。
これといった晩飯もなく、
微醺の中、眠気を感じたら就寝。
それが今はどうだ。
「お腹空いたお腹空いたお腹空いたー!
ほら、ミケもお腹空いたダンス踊ってる!」
「フギャー!!」
「いった!…ひっかかれた…」
「もぉう、しつこくすんなってぇ。
はい、お姫様。おまちどう!」
「わぁ~美味しそう!いっただっきまーっす!」
「今日はね、サバみそ、大根も入ってるよ。
それと手羽元とこんにゃくのお酢煮。
ほうれん草とプチトマト、ベーコンの炒め物。
あとはピリ辛もやしナムル。」
「ハグハグハグっ!」
「…」
「ん?なんか言った?」
「…い、いや。…美味いか?」
「うーん!美味しいぃ~!幸せ!
ほら、あなたも早くお風呂入ってこないと全部なくなっちゃうよー!」
「ははは!まあ、いいさ。ゆっくり食べなね。」
「うんうん!」
何て賑やかなんだ。
「ニャ~…」
「おぉ、お前飯食ったろ?ちょっと待ってな。
俺は風呂へーってくっからよ。」
「ニャー!!」
「…じぃ~」
「は、はは!たまたまこっち来ただけだよ。」
「はいはい、いいですいいです。どうせ私は好かれてませんよぉー!
あぁ~おいしおいし。」
「猫たちにはあげるなよ?塩分に弱いんだから。」
「知ってる!」
ブーン。冷蔵庫の音だけが響き渡っていた俺の夜。
今は毎晩がパーティーだ。
世界で一番大切な人に、猫が二匹。
こんなに幸せなことってあるんだな。
いや、実は幸せとか、奇跡って、
そこらへんにいくらでも落ちていて、
それをみんな、知らず知らずにまたいで歩いちゃってるだけなのかもな。
「あぁ~!いい風呂だった!
俺も一杯のも!」
「待ってたぜーい!」
…こいつ、すでに出来上がってるな。
「かんぱーい!」
「はい、乾杯。今日もお互いにお疲れ様。」
「いつも美味しい料理ありがとね。」
「いやぁ、俺こそ、洗濯とか掃除とか、猫の面倒も助かってるよ。
お互い様。ありがとね。」
「ふっふっふー!まぁーね。」
すずさん、今日も可愛いよ。
こんなに誰かのことを愛おしく感じることなんて
俺にはもう無いと思ってた。
「そうだ。ねぇすずさん、この漫画知ってる?」
ipadで俺はすずさんにある漫画の表紙を見せた。
すずさんは見た目こそバリバリのキャリアウーマンなのだが、
漫画やゲーム、アニメ、映画に小説と、創作物が大好きで、
それこそオタクなんじゃね?って感じてしまうほど
博識な一面があった。
ちなみに彼女が世界で一番好きなアニメは『セーラームーンR』で、
テレビゲームは「ヴァルキリー・プロファイル」らしい。
「ん?ごーるでん、かむい?」
「そうそう、『ゴールデン・カムイ』っていうんだ。」
「面白くてね。」
「ふぅ~ん。」
あんまし興味なさそうだな…
「このさ、ヒロインのアシリパって女の子、すずさんに似てない?」
「えぇ~?似てるぅ?」
「うんうん、性格もどことなく似ててさぁ!
目ぇぱっちりしてるし、おでこ広いし、変顔可愛いし!」
「…あれ?なんか、所々に悪口らしきものが聞こえたのは気のせい?」
「ううん!…気のせい気のせい!
それでさぁ~。」
漫画の話をする俺が珍しかったのか、すずさんも興味津々に聞いてくれた。
「ふぅ~ん、で、その子っていくつなの?」
「うぅ~んと、14,5歳くらいじゃねぇかな?」
「ロリかぁーい!」
「え?…違う違う、可愛いんだって!そういう変な意味じゃなく。」
「…ふん、どうせあたしはチビでずんぐりむっくりしていて
顔もデカいですよ…」
おい、そっこまで言ってねぇぞ…おぉ~い、言ってねぇぞ~…
…つーか、何でそんな話になった…!?
「いやいやいや!そんなことないって。
すずさん歳のわりに見た目若いしさ、肌もツヤツヤやじゃん!」
「…と・し・の・わ・り?」
…ちゅっどーん!…地雷を、踏んでしまった。
「い、いやぁ、そういう意味じゃ…」
「あぁああ~どうせ、はいはいどうせ!私は来年30のババアですよ!
背も低いですよ!大酒飲みで料理も出来ず、猫にも好かれませんよ!
…はぁ、泣きたくなってきた。」
お、俺のほうが泣きてぇよ…
「なぁ、すずさん。」
「なんじゃい!」
「…綺麗だよ。」
「…」
「俺にとっちゃあ、世界で一番、誰よりもすずさんが綺麗さ。」
「…」
「見た目だけじゃないんだ。お前はね、魂が高潔なの。
だから、そういったものが溢れ出ているんだよ。」
「…ほ、ほぉ~う。」
そういうとすずさんはそっぽを向いたが、
耳が真っ赤っかだった。可愛い。
「さぁてと、まだ飲んでていいよ。
先に食い終わったものだけ下げて洗ってきちゃうな。」
「…」
そっぽを向きながら一杯飲んでるすずさん。
可愛いなぁ。ほんとにシャイなんだよなぁ。
しばらくして、洗い物が終わったころ、
居間へ戻ろうとしたら、幽鬼のごとくすずさんが俺の後ろに立っていた。
「うわぁ!びっくりしたぁ!…な、なにぃ。どうしたの?」
するとすずさんはそっと俺に抱きついてきて
小さな声でこう言った。
「ひんなひんな」
思わず俺は噴出した。
「ぷっ!どうした?少し読んでたの?」
「ひんなひんな」
そう言いながらすずさんは小さく頷いた。
そしてしばらく、二人で抱き合っていた。
ねぇすずさん、俺はあなたのためならば不死身にでも何でもなれるよ。
毎晩毎晩、こんなに素晴らしい時間をありがとう。
明日も美味しいご飯作るね。
「ニャー!!」
「いって!飛びつくな!(今いいとこだったのに!)」
「あああああ!!!待て待て待て待てー!!!」
「ニャー!!」
…あーあ、ムード台無し。
でも、まあいっか。
俺たちと、この二匹の世界は、今日も幸せだ。
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