第2話

【日曜の朝】

「すずさぁーん!おっは…よぉ…」


すずさんは泣いていた。

独り、居間で、ソファーに座って。


「どうした?」

「…あっ、おはよ! ははは…ごめんね、ううん、なんでもない。」

「すずさん、…どうした?」


しばらく、子供のように泣きじゃくる彼女を抱きしめた。

少し落ち着いたすずさんは、ゆっくりと話してくれた。


「…またお父さんとお母さんが喧嘩したみたいでさ。」

「…そっか。」

「あなたの家はいいよね、お父さんとお母さん仲良くって。」

「…うん。」

「あたしも、ああなっちゃうのかな…」


そういうと、すずさんはまた涙ぐんだ。


「ならねぇよ。お前はお前だって。」

「…うぅ…」

「まあ、なったとしてもさ、俺、気にしねぇから!

 ね、すずさん、でーじょぶ。でーじょぶだから。」

「…うん。」


すずさんは俺の肩に顔をあずけて、そのまま二人でソファーに座っていた。

俺と違い、感受性の人一倍強いすずさんは、すぐに他人とシンクロしてしまう。

ましてや親のことなら尚更だ。


結婚、子供、仕事、年齢、故郷、俺には解らない葛藤が彼女には沢山あって

そしてそれらをあまり口には出さない。

だから、一気にため込んで、爆発させてしまうのだろう。


「なあ、すずさん。」

「…ん?」


ぶぅううううううううううう!!


俺はすずさんのシャツを素早くめくり、

お腹に口をあて、めいっぱい息を吹きかけた。


「ぎゃはははははは!やめろー!急に何すんだぁー!」

「ほんとにぎゃははって笑うんだな、人間。」


俺たちは顔を見合わせて大笑いをした。

涙を流すほどに大笑いをした。


「…ねぇ。」

「ん?どうしました、お姫様。」

「お腹空いた。」

「そうだな、飯にすっか!」


考えてもみたら、日曜日のまだ朝の9時だった。


ねえ、すずさん。

お前が100万回泣いたら、俺は100万1回笑わせてやるからさ。


「ニャー!!」

「いてっ!待ってろよ、今餌やっから。」

「あ、ダメダメダメー!!」

「え?」

「餌やりはあたし!あなたは、あたしたちのご飯宜しく!」

「あぁ、…はい。」

「はいはいはいはい!ごはんですよー!」

「ニャーーーー!!」


逃げられてるじゃねぇか、追っかけまわすなよぉ。

だからなつかれねぇんだよぉ。

でも、元気になって良かった。

たまにゃあ、あいつらも良いことするな。


トントントントントントン


「あたしこの音好き~。長ネギを素早く切るこの音~好き~。」


包丁のリズムに合わせて、

何故か目を瞑りながら顔を小刻みに上下させるすずさん。

内心無視したかったが、敢えて乗ってみた。


「手慣れたもんだろ!お前もやってみるか?」

「あたしはやらない。…あぁー!ミケー!クロー!待て待て待てー!」

「…」


ふぅ、まあいっか。

情緒が不安定でも、喜怒哀楽が激しくっても、すずさんはすずさん。

俺にとって、世界で一番大切な人だ。


よく、人の感情を重いだとか軽いだとか耳にするが、

そんな風に勝手に決めつけんなよ。

どんな感情だろうと、他人に計り知ることなんて出来やしねぇし、

本人からしてみれば、きっと大変なことなんだろうよ。


「あなただけかなぁ~、

 こんな30前のこじらせたあたしを良いって言ってくれるの。」


いつの日か、すずさんが俺に言った言葉。

違う、違うよすずさん。俺はお前じゃなきゃダメなんだ。

お前が、良いんだ。


「ほらー、朝飯出来たぜー!」

「…」

「…おい、すずさん?どうした?」

「…ひっかかれた…」


おーい…


さぁてと、今日は休みだし、二人して公園でも散歩しに行くかな。


すずさん、お前が泣くのなら

たとえ世界中の笑われ者になったとしても

俺はお前を笑わせ続けるよ。

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