第44話


 男は、頭にTの文字を表示させていることからテスターだろう。


 怒っているのか、眉を顰めて睨んでくる。


「随分と探したぞ!カイト!」


 今まで笑顔を絶やすことがなかったカイトが、その男が現れた途端に表情を曇らせ、俺の後ろに姿を隠して、その腕をギュッと強く握り締める。


「何だカイト、お前に連れがいたのか?それとも、たまたま知り会ったばかりの赤の他人を頼ろうってわけか?」


 男の言葉に俺はカイトの顔を見る。


「ヤト……この世界は閉ざされてログアウトができない、そんな世界でそいつは〝何より残酷な力〟を持っているんだよ」


 カイトは呟くようそう言うと、男は歯をむき出しにして怒り出す。


「何勝手に話している!お前の所有者が誰なのか忘れたとは言わさないぞ!勝手に髪を染めやがって!!」


 男は捲くし立てるようにそう言うと、カイトの傍へと歩み寄り腕を掴んで引っ張った。


「ヤト……ボクはね、この世界が嫌いになりそうだよ――」


 抵抗しながら俺にそう言うカイト。俺は、カイトを掴む男の腕を掴んで睨みつけた。


「はぁ~あ!お前がカイトの何かしらんが!こいつは俺の所有物なんだよ!」


 そう言って男は、カイトのマフラーを引き剥がす。すると、カイトの細い首に黒い首輪のようなアイテムが現れる。


「これはな!アバターに性的な感覚を再生するためのチートMODだ!」


 チートMODは、非正規のタイトルで流通されているものと、HMCに直接ダウンロードしておいて、タイトル内でコールしてジェネレートし使用するタイプが存在する。


 こういったチートMODは、フルダイブ環境が普及してすぐに違法開発者や違法業者が現れた。それに対する日本の行政の対策が、フルダイブを対象に問題を解決する機関の設立だ。



 男がカイトのトレンチコートを剥ぎ取り胸を掴む、その瞬間に彼女は体を痙攣させて腰を抜かした。


「ほれ、ほれ、ほれ、見ろコレ!こいつの体は簡単にMODで最高の快楽を受けてしまうんだぜ~」


 本来仮想現実には性的な感覚は再現されない。


 しかし、世の中というものは人の理想の塊で、人の欲望の塊でもある。それは男という性別の中で、一部の愚かな者の欲望から作られた創作物。


 本来、仮想現実に求められた異世界や冒険といったものとは違う。


 アニメのキャラクターなどを3Dスキャナーで取り込み、仮想現実でアバターとして再現し、中に適当な女性や疑似AIをログインさせて、違法な行為が行われることも少なくはない。


 男女が共にそういったアバターにというのも、実際に一部ではあることだ。


 〝仮想世界でなら何でも何にでもなれる〟


 そんな夢を懐いた〝開発者の思惑〟とは、全く違う側面もフルダイブ環境は作り出せてしまうのだ。


 俺は左手で剣を装備すると男に斬りかかった、が、街中でプレイヤーを相手にダメージは通らない。男は衝撃だけ受けて体を仰け反らせた。


 カイトの体を抱き上げて首のMODアイテムを外そうとするが、それは耐久度も無ければコード権限を持っていない者では外せない物だ。


「どうしてもっと早く言わない!」


 俺の言葉にカイトは荒く息を吐きながら答える。


「ごめん、巻き込みたくなかったんだ、これは、チートアイテムは……誰にも外せない。このゲームであいつに会った瞬間からぁ……、ボクはあいつの物にされてしまったんだよ。誰にも助け出せない、ヤト……キミでもね」


 外れないそれを引っ張る俺の手を、カイトは握って言う。


「コレを付けられているのはボクだけじゃない、……あいつのホームには数人の女の子が捕まっているんだ、……ボクはなんとかあの子たちを助けようと――」


「喋るな、俺が何とかして――」


 その瞬間、何かの衝撃で体が2mほど吹き飛ぶ。街中で攻撃して相手を吹き飛ばすのは俺の特権ではない。周りのプレイヤーが騒ぎに気がついて集まってきたからか、男は焦ってカイトを転移ポートへ連れて行く。


「くそ!こっちに来い!」


 男に連れられたカイトは、ぐったりとしていて、そのまま転移ポートへと消えた。


 吹き飛ばされた俺に駆け寄ったプレイヤーが、声をかけ助け起こそうとするが、寝たままの体勢で地面を殴りつけ、その衝撃で立ち上がると、周囲は一歩後退った。


 いつもにも増して鋭い目付きで、カイトが消えた転移ポートを睨みつけると、二人を追いかけるように青いエフェクトに包まれて消えていった。

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