p7.うわぁあ! 最悪だ!
午後のお茶の時間。
近いうちにと言ったリスティナは、その日のうち、お茶の時間が空いているからとやってきました。
あの手紙は午前中にあったことを書いてあったのだと思うのだけれど。相当……なにかしら? まぁ、聞いてみればわかるかしらね。
お菓子とお茶を並べると、ララを残して侍女は下がっていった。
「お姉様、早々にお時間をいただきありがとうございます」
リスティナは、改めて礼をとると、早速今日のことを話してくれた。
婚約者の侯爵子息、ヴァージル・ミカル・チチェスターがリスティナの元にやって来たのは、朝食の後、庭の散歩の時間。だいたいいつもこの時間に、特に前日からの触れなくやって来るらしい。
……待って。リスティナは第二王女で、王位継承権第二位のれっきとした王族の女性。そこにアポなしで来るとか、ちょっとおかしくない?
そう言えば、ジセの所にもアポなしで来てて、用意するから待てと、待合室に案内して、用意してさぁ会おうとしたら帰ってましたとか、よくあったわね。
それでよく荒れてたけど……これ、ジセ悪くなくない? 貴族女性が婚約者に会うのに、普段着なわけないじゃん。一般人でも多少のおしゃれはするでしょ。特に第一王女なんだから、きちんとした装いがあるのは当然。アポなしなら、あらかじめ用意して待っておくこともできないわけで。うわぁ。
「それは……相変わらず失礼な男ね」
お茶を含みながらそう返すと、リスティナは困惑したような顔をしたあと、そうですね、と思案顔になった。話を促す。
ヴァージルさんは、散歩中のリスティナに声をかけると、しばらく一緒に回ろうと誘ってきたそう。これもいつものパターンだそうだ。なるほど、断りにくいな。
リスティナは、「お姉様の所には行かれないのですか?」と聞いたが、ヴァージルさんは、ジセリアーナは会ってくれない、ということを言ったという。理由を聞けば、「会おうと行っても門前払いにされた」そうだと。
ララにヴァージルが来たのか聞いてみたが、首は横に。ふぅむ? ならば。
「最後にヴァージル様がわたくしを訪ねにいらしたのはいつ?」
「ジセリアーナ様がお倒れになっただいぶん前ですから、一月前ほどになりましょうか」
首をかしげながらララがいう。一月婚約者に会いに来てないのか。それで妹に手を出してるのか。クズだな。
「その時は、会えていないわね?」
「いつものように突然のことでございましたので、その時ご友人とのお茶会にいらしていた殿下とはお会いになれませんでした」
お茶会で不在かー。もはや、狙ってるんじゃないかという配置だわ。荒れたのかなぁ、ジセ。覚えてないわ、ずっとイライラしてたから。
……ふむ。……ふむ? あれ?
「彼はわたくしに会う前にリスティナに会いに行っているの?」
リスティナがいつも会うのが、朝の散歩中。こちらに会いに来るのは、昼前か午後かはわからないが、お茶会があってもおかしくない時間。
リスティナとララは、ハッとした顔をした。
「まぁ、どうでもいいわね。続きを」
いつ会いに来てるのかは、後で調べさせて統計を出してもらいましょう。その方が早いわ。
話の続きを促されたリスティナは、表情を整え直した。
「はい、お姉様。ヴァージル様は、会ってくれない姉より私などといる方が良い、などと言っておりました。それで、もしもお姉様が婚約を破棄してくれるなら、君と婚約できるのに、と」
……うわぉ。ヴァージルさん、ガッツリ口説いてんな。さすがのララも、半目だよ。
「私が「お姉様がすんなり婚約を破棄するなんて、そんなことはあり得ない」と申しますと、」
ああ、それリスティナの方が言ったのね。うん、まぁいいか。
「確かに、と申されましたので、「もし、お姉様との婚約が白紙になったら、私との婚約を考えていらっしゃるの?」とお聞きしました」
おお、うまい聞き方だ! いいね、いいね。
「いいわね。それで?」
「そうだよ、と。君と婚約できれば嬉しい、と。満面の笑顔でございました」
リスティナは、震えながらそう言いました。うーわぁ。
「私、それで気分が悪くなってしまいまして……。そのままお
わぁ、リスティナ涙目じゃないの。たしか手紙に「化け物」みたいに感じたと書いてあったわね。うーん、そうか。
「私、ヴァージル様は、いずれ義理の兄となり、共にお姉様を支えるひと柱となるのだと、慕っておりました。しかし、前回と今日、会ってやっとわかりました。彼は、女は自分の言うことを聞いて当然と思っているタイプのかたですのね」
……ふむ?
「私だろうがお姉様だろうが、侍女だろうが。自分の思い通りにならないのが我慢ならないかた。他人の心がわからないかたなのだと」
「……それは、わたくしもですわよ?」
他人の心がわからない。それはジセリアーナの代名詞。盛大なブーメランをありがとうございます。
しかし、リスティナは反発した。
「いいえ、お姉様。あなた様は、違います。あなた様は、自分がひどく傷ついていることを誰かにわかってほしかっただけでしょう? その表現の仕方がわからなかっただけではありませんか」
「……」
なるほど。リスティナには、ジセリアーナがそんな風に見えていたのね。それで憐れんだ目をして、関わってこようとしたんだわ。
まぁ。謎が一つ解けた。けれども天使なことに変わりはない。
「でも、あれは違います。世の全てが自分の思い通りになるべきで、ならないものは排除すべきと思うタイプです。ですからお姉様気をつけて……」
「ちょっとまったぁああ!!」
今聞き捨てならないこと聞いた。
大声を出して立ち上がった私に、リスティナは目をまん丸にしている。
いやいやいや、気がついて! あなたが言ったのよ?
「あの男は、思い通りにならぬものは排除する性格、そう言ったのね?」
「え、ええ……ですから……」
「わたくしがあの男との婚約を破棄したら、リスティナ、あなたはあの男と婚約を結ぶの?」
「いいえ! そんなつもりはありません! 王からもそのようにするつもりはないと言われております」
おお、そうか。お父様にも一応言ったのね。私も随時報告を上げているけど、最初から信用のあるリスティナからも上げてもらっていると、信憑性が段違いだからね。
助かるわ~。
じゃなくって。
「つまり、思い通り婚約を破棄したわたくしよりも、思い通りに婚約しなかったあなたをあれは狙うのではなくって?」
「……え?」
リスティナはきょとんとし、次には顔を青くした。
リスティナが天使で、婚約者とは恋愛関係になくて、だけどあちらは口説いているようだとわかった時点で、侯爵子息ヴァージル・ミカル・チチェスターは私のなかですでにクズ認定されている。
だけど、敵認定にはしていなかった。堂々と王城なんかで口説く辺り、迂闊なバカとしか思ってなかったからだ。だけどバカはバカでも、クズに振り切れたバカだった。
自己中もここまで来たら危険人物以外の何者でもないわ。なんでこんなの継承順位第一位の婚約者にしたの!
リスティナやララも、顔真っ青だけど、たぶん私も青いわよね。
ヤバい、なにか手だてを考えないと……!
嘘でしょ? リスティナの死亡フラグが立っちゃった……!!
◆
結局、私たち二人は手紙を書いた。
リスティナはこれまであったことを事実のみ書き記し、最後に少しだけチチェスター侯爵子息に対して感じた危機感を綴る。
私は、チチェスター侯爵子息との婚約破棄を正式に進めたいということと、それにともない、彼が『嫌がらせのために』私やリスティナ、弟、さらに王までを含む王族への暗殺を企てる可能性があることを綴った。
できればそれについて、リスティナと宰相を含んだ四人で会合をもてれば嬉しい、と。
宛先はもちろん父王。
あまりにも大事なため、ララに配達を願った。
頭が痛い。
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