第32話 二人と二匹 

 リュウと一緒に住み始めて二週間が経った。

 仕事は新しい部署の準備室が発足した事で、ヤマシタと一緒に仕事をする事が減った。

 その代わり、新しい部署に配属になった人達との時間が増えたんだけど……。

「先輩って、山下さんと仲が良いですよね」

 ウチは中途採用も多いから年齢不詳の社員も多いんだけど、この女子は新卒で5年前に入って来たから、二十代後半?

 もしかして、ヤマシタの事「好き」なのかな?

 この前、凄い目で見てた子、この子だよね。確か。

「まぁ、長く一緒に働いてるからね」

「それだけですか?」

 お、凄い前のめり。これは確定だな。

 恋愛モード全開の私には分かるのよ。

 ふふふ。

「え、何笑ってんですか」

 しまった気持ち悪がられてしまった。

 ほれ!

 と、リュウから貰った指輪を見せると、一瞬顔が強張った。

「あぁ、違う違う。私には同居人がいて、ヤマシタはただの後輩だから」

「えええええ、同棲してる彼がいるんですか!?」

 こ、声が大きい!

 部署が違うとは言え同じフロア―にヤマシタもいるんだから。

 ほら、あのバカ。こっち見てサムズアップしてる!

「あいつバカだけど、凄くいいやつだしきっと出世するよ。見る目あるね」


 ☆ ☆ ☆


 本当は手術した翌日に退院なんて出来ないのに、香織ちゃんったら子猫の世話をさせる為に元旦那さん脅して退院させたらしい。一体あのお医者様の何を握ってて、脅すとかしてるのよ、香織ちゃん。この二週間、昼だったり夕方だったり夜だったり、仕事の無い時間にリュウの様子を言いつつ子猫の様子を見に来てくれた。

 リュウも、日中子猫のお世話の合間をみて通院してたみたいで、今日は抜糸の予定。

 ついこの間まで、仕事と愛猫しっぽしかなかった私の生活が、色々と賑やかになって確かに疲れはするけれど、凄く楽しい。


 ☆ ☆ ☆


「ただいまぁ」

 玄関のドアを開けて、こんなに声を張ってただいまを言う生活が来るなんて思ってもなかったなぁ。

 ん? あれ?

「おかえりー」

 が聞こえてこない。

 いつも、と言ってもこの2週間だけど、帰宅するとリュウがしっぽとシャノの相手をしながら「おかえりー」って言ってくれるのに。

 あ、子猫の名前はシャノになった。

 シャノアールはフランス語で黒猫。

 でも、そのままだと長いからシャノ。

 

 リュウいない、の?

 と中へ入ると、リビングの小さなソファーでリュウが寝ちゃってて、そのお腹の上にはシャノ足元にはしっぽが一緒に寝てた。

 何か子守に疲れたパパさんみたい。

 実際、リュウはしっぽを長女と呼び、シャノを次女もしくは末っ子と呼ぶ。

「猫のパパさん、そろそろ起きてください」

 リュウが目を開けもそもそと動くと、猫達ももそもそと動き出した。


 ☆ ☆ ☆


 今夜はリュウと外食。

 シャノも数時間ならお留守番ができるくらいしっかりしたし、抜糸の御祝。

 と……

「ふーん、ここかぁ」

 この店はリュウが事故に遭った、じゃなかった転んで骨折った日、私がヤマシタと居たカジュアルイタリアン。

 リュウたっての希望。

 嘘を告白した時、興味なさそうな返事しかしなかったくせにどう言う心境な訳?

 でも、このお店に来ると心がちょっとチクリと痛んでしまう。

 私がここでヤマシタと美味しい物を食べてる間に、リュウはシャノを助けようとして怪我をしたんだよね。

「乾杯」

 今日は車じゃないので、二人共ワインで乾杯。

「ノリ何か様子へんだな」

 リュウに悟られてしまった。

 お見通し?

「そりゃ2週間、子供達とノリの事だけ見て過ごしてたからな」

 子供達……。リュウは猫達をこう呼ぶ。

 私達、事情を知らない人が聞いたら、家に子供達を留守番させて食事に来てる夫婦みたいに見えてるかも。

「この前ここに来た日にリュウが怪我したから。思い出しちゃって」

 やっぱり、ほら、うん。思い出しちゃう。

 あの日、リュウと食事してたらリュウは怪我しなかったのかなぁって。

「そんな顔すんなよ」

 そう言うと、小さな箱をテーブルの上に置いた。

 箱の中身は、一度受け取りを断った例の指輪。

「え?」

「改めて、結婚を前提に付き合ってください」

 この2週間、リュウとの生活は習慣が違って戸惑う事もあったけど、凄く満たされた日々だった。

 恋人として同じ時間を過ごす事に不安はない。

 でも……

「あー、俺また先走った。結婚前提は取り消し。いや、取消というか流れにまかせる」

 こうして、私が不安に思ったポイントまで気付いてくれる。

「改めてを改めて、ノリちゃん、俺のカノジョになってください」

 そう言って、右手を差し出して頭を下げるリュウの姿は、随分昔のお見合い番組のそれみたい。

「はい、よろしくお願いします」

 差し出された手を、両手で握りしめた。

 リュウは顔を上げると、本当に嬉しそうに笑ってた。

「これでこのレストランは、俺がノリに告白してオッケーもらった店って事で」

 え?

「怪我したのは俺がドンクサイからだからな。ノリが会社のアイツとここにいたからじゃない。それに、おかげでシャノとも出会えた」

 うん、そうだね。

 シャノかわいいもんね。

 うちの末っ子ちゃん。



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