育代さん

霜月秋旻

育代さん

 俺は、とんでもない過ちを犯してしまったのかもしれない。このままではいずれ、我が子をアイツに殺されてしまう。


 三ヶ月前、私は妻と離婚した。俺が目玉焼きにマヨネーズをかけて食べていることが気に食わなかったらしい。そこから妻の不満が爆発し、妻は出て行った。息子・スバルが生まれて一年後のことだった。

 これからは俺が一人でスバルを育てていかなくてはならない。しかし仕事と育児の両立は難しい。頼りたい自分の両親は既に他界している。そこで俺は、ネットのショッピングサイトで見つけた育児ロボットを、思い切って購入した。百万円した。


『ハジメマシテ、ワタシ、育代デス』

 育児ロボット『育代さん』が家に届いた。見た目は人間とさほど変わらない、アンドロイドに近い。説明書に寄れば育代さんには育児に関するあらゆる情報がインプットされていて、子供のあらゆる状態に対し臨機応変に対応できるらしい。これで俺は育児のことを気にせず、仕事に集中できる。

 しかし、そう思ったのも束の間だった。

 試しに育代さんにスバルを抱かせてみると、スバルは思い切り泣き出した。そして育代さんがどうやってスバルを泣きやませるかを、俺は興味本位で見ていた。すると育代さんは、泣き止まないスバルを持ち上げて、こう言い放った。

『育代必殺・タカイ…タカーイ!!!』

 突然、スバルを掴む育代さんの腕が凄まじい勢いで上に伸び、天井を突き破った。

「ぅわあああああ!!」

 俺は慌てて外に出て上を見上げた。育代さんの腕が、気が遠くなるほどの高さまで伸びている。

『トリアエズ、スカイツリーノ高サマデ、持チアゲテミマシタ』

「取りあえずじゃねぇよ!早くおろせ!手が滑って落ちたらそれこそ他界しちまうぞ!!」

『イマ、オロシマス』

 するとまたしても凄まじい勢いで、育代さんの腕は上から戻ってきた。スバルは先ほどよりも更に泣き叫んでいた。

「さっきより余計泣き叫んでるじゃねぇか!」

『心配御無用。既ニ次ノ手段ハ考エテマス。ネンネンコロリヨ、オコロリヨ。ネンネンコロリヨ、オコロリヨ』

 育代さんは、子守唄を歌い始めた。終始棒読みだったが、スバルは一気に眠りだした。

「おぉ、すげぇじゃねぇか。あっという間に眠りだしたぜ。あの下手くそな子守唄で。ていうか、俺まで眠くなってきたぞ」

『ワタシノ口カラ、催眠ガスヲ漂ワセテイマス。コレナラドンナ相手デモ、イチコロデス』

「子守唄関係ねぇじゃねぇか!子供になんてもの嗅がせてんだよ!!」

『ワタシノヤリ方ニ、ケチヲツケルツモリデスカ…?ワタシノ子育テノ、邪魔ヲシヨウッテ言ウノデスカ?貴様…』

「え?お、おい…」

 育代さんの態度が急変した。そして育代さんの右手は日本刀へと変化し、左手はマシンガンへと変化した。

『ワタシノ子育テヲ邪魔スル奴ハ、消シマス。コノ子ハ、ワタシガ守ル!例エ命ヲ賭ケテデモ!』

「わ、わかった。わかったから、その物騒なものを早く収めろ、な!」


 俺は、とんでもないものを買ってしまったのかもしれない。この育代さんに逆らったら俺は殺される。育代さんのバッテリーが切れそうになるたび、育代さんの両手が再び武器になり、『充電シロ!充電シロ!!サモナクバ貴様ト刺シ違エテ共ニ逝クゾ!!』と充電を求めて俺に襲い掛かってくるのだ。俺は二十メートル程の延長コードを使って、育代さんをコンセントに繋いだままにした。これで育代さんが充電を求めて俺に襲い掛かってくることはない。

 しかしその後も、育代さんによる手荒い育児は続いた。英才教育だと言って官能小説を読み聞かせたり、麻雀のパイを舐めさせたりしていた。俺はやめさせたかったが、逆らうとまた育代さんの両手が武器になる。スバルの成長が心配だが、俺にはどうすることもできなかった。


『子供ハ、外デ遊バセル事モ大切デスヨ』

 ある日、スバルを連れて育代さんと山へハイキングへ行った。俺はその時気が付いた。隙を見て育代さんを崖から突き落とせばいいと。所詮ロボットだ。人を殺める訳ではない。これで日々の悩みが解消されるなら…。

 山に入って一時間ほど経ったときだ。突然、激しい雨が降ってきた。偶然近くに洞窟があるのを見つけ、そこに入って雨を凌いだ。しばらくその洞窟で雨が落ちつくのを待っていると、天井が突然、鈍い音を立てて崩れてきた。俺と育子さんとスバルは、その下敷きになった。


 その後、駆けつけた救援隊によって、俺とスバルは救助された。しかし育代さんは、俺とスバルに覆いかぶさるようにして、ボロボロになって動かなくなっていた。まるで俺達を土砂から庇う様に…。俺は、育代さんが放っていた言葉を思い出していた。


『コノ子ハ、ワタシガ守ル!例エ命ヲ賭ケテデモ!』

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育代さん 霜月秋旻 @shimotsuki-shusuke

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