人間模様10 地下鉄ホームでの親切

herosea

地下鉄ホームでの出来事

 夕刻、ヒロシはオフィスから顧客回りで移動中であった。大手町の地下を歩き東西線に乗ろうとしていた。この駅は、再開発中とかで、あちこちが工事中で板やシートで養生されいる。大手町駅は構内が広く、たくさんの路線が交わっているようで乗り換えは面倒だ。丸の内線と東西の乗換は同じ駅とは思えないほど歩く。


 丸の内の改札を出て、階段のアップダウンを2,3こなし、ようやく東西線の改札に入り直した。ヒロシは少々速足できたため、少し息が荒くなっていた。2月の中旬を過ぎたころではあるが、暑がりのこともありうっすら汗もにじみ出ている。


 改札に入ってすぐの階段を下りて、やっとホームに辿り着いた時だった。丁度、ヒロシが乗る方向とは反対側の車両が到着して人が降りてきたところだった。ヒロシは邪魔にならないように、板で養生され壁となっているところに隠れるように移動して人混みが過ぎるのを待った。時折板壁の向こうで工事の音がうるさく鳴り響く。


 降車の人混みが一通り過ぎて、最後の一人が歩いてきた。男性だ。なんとなく足元が覚束ない。良く視てみると・・その男性は白い杖を突きながらゆっくりと歩いていた。なるほど、視覚障害者だった。


 何故か男性はこちらに向かってくる。ゆっくりと・・でも、どんどん、どんどん歩いてくる、板壁の前に立っている僕の方に向かって歩いてくるのだ。何故?


ヒロシは邪魔になると思って少し避けた。ただ・・後ろは壁しかないけど・・。思う間もなく、男性の杖が板壁に杖があたり、どうやら男性は壁だと気が付いた。


ヒロシは、

「そりゃそうだろう。」

と、思った時だった。


ホームにいた小奇麗な恰好をしている若い女性がいつのまにか男性と僕との間に割って入ってきた。

「あの・・、どうかされましたか?」


男性が女性の方に少し振り向き困った表情をして行った。

「すいません、、エレベータのところに行きたいのです。」


そこからの女性が格好良かった。

「私の肩に手を置いて下さい、反対側にありますよ。」


男性はさぐるように女性の肩に手を置いた。女性は男性の手を肩から落とさないようにゆっくりと背を向けた。そして、

「では、歩きますね。」

と、誘導を始めたのだ。


ヒロシは、板壁の反対側を見た。あー、なるほど、7~8m程離れたところは上の階に行くエレベータだった。すると、丁度、エレベータが降りてきたところだった。


「あっ、今来ていますよ。」


 ヒロシは、肩越しに繋がってあるいている二人に声を駆けた。そして小走りにふたりを追い越してエレベータの入り口前まで行き、”開”のボタンを押してエレベータのドアを開けたままふたりが来るのを待っているようにした。


 女性の肩に手をおいた男性は、先ほどの覚束ない歩き方ではなく、驚くほど普通にエレベータ前までやってきた。


男性が、

「ありがとうございます。」

と、ヒロシのいると思われる方に向かって行った。そして女性に向き直り、

「助かりました。ありがとう。」

と深いお辞儀をした。


すると女性は、

「私は時間があるから大丈夫ですよ。上まで行きましょう。」

と、男性の手を取って自分の肩に置き、エレベータの中まで誘導した。


ほどなく、エレベータのドアは閉まって上階へと上がっていった。


 エレベーターのドアが閉まり、上階に上がるドアの窓越しに本の一瞬だけ・・。

ヒロシは女性と目があったのが印象に残った。


 ふたりが去った後、後ろを振り返り何気なく足元を見た。ホームの床に、目が悪い人のための黄色い資格者誘導用の黄色タイルがある。工事中ということもあってガムテープで雑に貼り付けられてた。色々と分岐していて、その一つがエレベータに向かっている。


「あー、そうか。分岐がわかりずらいんだな。」


まもなくヒロシの行き先の車両が到着しそれに乗った。ヒロシは、地下鉄に揺られながら先程の一連の出来事の映像を思い出していた・・。あの女性の最後に合わせた目が気になり出しました・・・、気が付いた。


あっ!


車両の中で中で1人、ヒロシは、自分が無性に恥ずかしくなった。


「もしかして・・、男性は、ほんとうは最初に僕の気配に気が付いて、俺にエレベーターの行き先を聞きたかったのではないか? 彼を壁に当たらして、俺は何をやっているのだろう。

 あの女性・・、雰囲気から彼女も僕と同じ方向に向かう電車を待っている感じだった・・。何もしない僕に呆れたのだろう・・。それで自ら男性をサポートして上階まで誘導して行ったということか。」


ヒロシは、女性の行動がさり気なさ過ぎて・・、その素晴らしさに気が付かなかった。

そして・・、女性の目線は、ヒロシ対する軽蔑だった・・。


顧客回りの後、一人、バーで飲みながらもそのことを思い出し、恥ずかしさ一杯のヒロシであった。

(了)

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