第2話 冒険者ギルドの前に

 さて、男子たるもの自身の可能性を試してみたいと思うときは必ずある。


 僕も例外ではなく、自分がどのくらいできるのかをさまざまな方面で試してみたいと考えていた。ただ、ちょっとだけ問題がある。

 実は理事長先生から、僕の能力について秘密にするように、厳しく言いつけられている。


 僕は魔法が使えない。それは先ほどの通りだ。

 それなのに、魔法現象の再現ができる。


 それはどういうことなのか…。


 その前に僕らの暮らすこの世界について伝えておきたい。

 まず、魔法というものがある。魔力を使ってさまざまな自然現象を引き起こすそれは、神様からの贈り物、という解釈がなされている。


 その魔法を使うためには魔力が必要となる。魔力は、人によって『量』が異なる。たくさんあれば大きな魔法が使えるようになり、少なければ、武具などで魔力の出力を調整する。なぜか基本的に戦うための力となっている。


 僕が属す国では、1歳の時に教会もしくは国の施設が、その人間が持つ魔力を測定する。測定については機械だったり、専門の鑑定士だったりさまざまだ。残念なことにこの世界では、その鑑定時、その人間の将来が全て決まってしまう。


 皆誰でも多かれ少なかれ魔力を持って生まれてくるのだが、ごく稀に全く魔力を持たずに生まれてくる人間がいる。そういう存在は神からの祝福が無い、劣等種という烙印が押されてしまう。それが僕だ。

 おそらく魔力が無かったせいだろう。よく覚えていないが、僕は孤児院に預けられたらしい。両親の記憶についてはあやふやだが、というか全く覚えていないが、きっと魔力を持たない子が生まれてきたせいで、恥ずかしい思いをしたのだろう。


 一応伝えておきたいが、僕は自分を捨てた両親を恨んではいない。というか記憶にほとんどないから実感が湧かないと言った方が良いかもしれない。

 

 そんな中で全く魔力が無く、おそらく親からも見捨てられた僕だが、このブリュンヒルド孤児院のおかげでそんなに辛いなんて思ったことはない。本当に感謝だ。僕にとって、この孤児院にいる素晴らしい人たちこそが家族である。だから僕はとても恵まれた存在だと思っている。


 それはさておき、僕が魔法の再現ができる理由だが、僕には、魔法とは根本的に違う、別の能力が備わっていたらしい。

 僕は、物質の細かな部分まで認識、またそちらに呼びかけることができる。


 孤児院の先生たちには不思議がられているが、僕がたまに垣間見ている世界において、全ての物質は、細かな粒で構成されており、万物はそのつながり方で成り立っている。

 ロタ姉はその話を聞いてケラケラ笑うばかりで、スクルド姉は「なにそれ、可愛い~」と言って抱きついてきた。おそらく2人とも本気で聞いてくれていない。というか誰に言っても信じてもらえないので仕方ないが…。


 僕が思うに、万物が物としてつながる、というか存在を保つためには、くっつくための粒=『根源のもの』が必要となるが、その小さな粒は、固有の周波数というか、波、いや、揺らぎのような現象が同時に存在しており、ある意味、『もの』とは言い難い側面がある。


 『根源のもの』には波の側面がある。つまり、万物にはものの側面と波の側面があるように思えて仕方ない。


 それを認識でき、ある程度操作できてしまう僕は、ちょっと意識するだけでその万物というか揺れをコントロールできてしまうのだ。


 最初はスクルド姉の魔法や、ロタ姉が剣にさまざまな魔力を通しているのを見て単純にカッコいいと思い、真似していただけなのだが、あるときそれを見た理事長先生が「おい、なんだそれ?」と怖い顔で詰め寄り、いろいろな実験の結果、僕の不可思議な能力がなんとなく認識され、孤児院の先生たちに周知された。

 もちろん孤児院の中だけの秘密である。


 ただでさえ魔力無しの人間は劣等種だと差別される世界である。

 それなのに、魔法現象が特別な詠唱や儀式なしにポンポン発動されてしまうなど、普通では考えられない。すぐに異端だと疑われ、裁判にかけられ、実験動物扱いされてしまうだろう、と理事長先生からたくさん脅された。

 ということで、この特殊な能力については、絶対に他人に知られてはならない、と何度も何度も、口酸っぱく言い聞かされた。


 僕は魔法現象もどきを行う際、魔力を必要としない。大抵の魔法は一度見ただけで、再現できてしまう。

 詠唱は必要なく、属性なども関係なく『万物に語りかけるだけ、意識を向けるだけで良い』のだ。もちろん効果的な『問いかけ』は、孤児院の先生たちと研究していくつか判明している。きっかけというかフックというかそういうものは魔法でも必要な工程とのことだ。

 僕からすれば、万物には意志があり、全ての万物と意思疎通可能だと思うのだが、孤児院の先生たちですら「そんなのはおとぎ話だよ」と本気にしてもらえない。


 ちなみに万物の揺れに働きかけるこの能力は、頑張れば新しい現象を作り出すこともできると思う。元のイメージは魔法だが、それらを掛け合わしたり、融合させるなど、それはそれは自在だ。

 理事長先生からはそれこそ人前で絶対に使うな、と言われている。創造魔法に該当する恐れがあり、それは神々の領域とのことだ。


 最初それが分かったとき、理事長先生は、


「…お、お前は一体何なのだ? こんなの、人間の領域じゃない…」


 と相当驚いていた。


 そういう意味では僕の能力は魔法の一種のような気もする。スクルド姉が「もしかしたら、原初の精霊魔法とか」なんて言っていたこともある。答えは出なかったけど…。


 他にも現在の魔法学では認識されていない神話上の魔法などがあり、それらも、なんとなく再現しようと思えばできると思う。


 空間系魔法もどき、時間系魔法もどきなどがその筆頭である。ただ、これらを司る物質たちはとてもしっかりした意識があり、他からの干渉をすごく嫌う。相当頼み込まないとこちらの言う事を聞いてくれないし、それぞれとてもやっかいなリスクがある。本当の意味で『もどき』しか再現できないと言える。


 空間系魔法もどきの創出は、他空間に歪みを生んでしまい、それが連鎖すると、その影響する範囲が果てしなく拡がってしまう。

 地上から大陸が無くなる、なんて推察が成り立ってしまうのだ。小指の先程度の空間に、大量の圧縮した空気を閉じ込めたら、なんて思い立って実験してみたら、とんでもない熱量の丸い玉が出来上がってしまった。慌てて森に捨てたのだが、解放されたそれは森を一瞬で飲み込んでしまい、とある森が消滅してしまった。その後理事長先生からかなり叱られた。


 時間系魔法もどきの創出は、結局のところ、できない。そもそも粒子だとか涙とかの概念とは違うものだと思う。過去に行ったり、未来に行ったりするためにはもっと何か解き明かさないといけない仕組みがありそうだ。超スピードの世界ならもしかして、と思わなくもないが、実験する気が起きない。

 何があるかわからないからだ。


 精神系魔法もどきの創出は、やたらと矛盾が起きる。精神支配系の魔法は暗示とか睡眠とかと違い、矛盾を抱えたまま対象を存在させ続けることになる。よほど大がかりに、かつ緻密に考えて使用する必要がある。


 昔スクルド姉に頼まれて孤児院の家賃をタダにするように国の担当者の精神を操ったことがあった。ちょっとだけ誤魔化してくれれば良い、という魔法だった。そうすれば孤児院の経営が安定し、みんなもお腹いっぱいご飯を食べられるようになるから幸せだ、と考えたのだ。


 結果は、その担当者の精神が崩壊し、あげくに横領までするようになって、国の経済が傾いてしまった。調整がそもそもできないらしく、脳の機能のいくつかを消さずに意識を制御するというのは分解や消滅に比べ、かなり難しい。


 その担当官は元々優秀な人だったようで、任されている部分も多かったらしい。回復系の魔法で何とか事なきを得たが、それがバレたとき、もみ消しのため、理事長先生は相当動き回ったらしい。そして僕とスクルド姉の怒られようと云ったら…。ちょっと言えないレベルだ。


 どれもよく考えて行動しないと、世界に矛盾を生じさせてしまうどころか世界を破壊してしまいかねない、というリスクがある。

 あまりにも強力過ぎる力は害にしかならない。理事長先生は「ガキにとんでもない能力持たせやがって」とよく愚痴っていた。その割に面白がって禁術なんかを教えるのだ。大人は謎だ。


 なぜこのような能力が僕なんかにスキルとして備わっているのかわからないが、幼心にこれらを考えなしに発動させることは、とても悪いことだとたたき込まれてきたので(中にはスクルド姉やロタ姉と一緒にやったこともあるが)、その能力は秘匿するのが正しいし、嬉々として使うものではないと思っている。


 大き過ぎる力は身に余るだけだ。


 その後先生たちと相談して一つだけ創作した魔法もどきがある。

 自分の能力がバレないようにする工夫である。ステータス偽装の魔法もどきだ。一応実験してこれについては問題ないと関係者全員が認めている。


 ちなみにこれですら禁呪の部類に入るらしく、僕が編み出し、習得した際、理事長先生がとても怖い顔で空に向かって叫んでいたのを覚えている。確か何かを誤魔化し放題とか言っていたような…。


 単純な偽装である。ステータスを覗き見できる魔法というのはすでに存在している。もちろん使える人は少ないが、そういった人に見られたときに誤魔化せるように、魔力量がそこそこあるように、表向きだけ表示することができる、という力である。


 これで劣等種などと言われずに済むし、日常生活は問題ないはずだ。普段から魔力があるように見せるので、そのための制御を常にする必要がある。それが苦痛ではあるが…。


 魔力は高位魔法使いなら必ずその含有量に気付く。

 魔力が多過ぎても少な過ぎても、そういった高位の存在に出会った時、必ず面倒なことになるから、ということでなんとか調整できるように工夫した現象だ。

 こうしておけば冒険者稼業に差し支えないだろう。


 他にも成人前に、孤児院の先生たちから、普通の冒険者になれるようにレクチャーしてもらい、準備を整えていった。

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