第14話-グラル、学院に入学する⑥
グラルが入学受験の準備と仮の寮への移動に追われている頃、シータの執事のラムダはグラルの周りを嗅ぎ回っていた。
なんとなくその気配に気がついていたグラルは目を鋭く細めて気配の元を辿るがすぐに逃げられてしまい、未だに正体を暴けずにいた。
「はあ、いろいろと嗅ぎ回られると困るんだがな。【積分魔法】のこともあるしな……!」
グラルのそのようなため息混じりの言葉もラムダへ届くはずもない。しかし、グラルは口から出さずにはいられなかったのだ。
「取り敢えず例の手鏡は机の上に置いておこう。まあ、これは万が一の時の話だからな……!」
置き場所を決めかねていた例の手鏡。それは部屋に一つだけある机の上に置かれた。
しかし、「間違いなくメリクはここへ遊びに来るだろう」と考えたグラルはその手鏡の前に棄てても構わないものを置いた。
何故ならば〝次元の
だからグラルは、いつ来ても対応できるように置き手紙も添えたのだ。
まだ仮の寮とはいえ、そのことはメリクも理解しているのかもしれないが、それでも来てしまうかもしれないという危うさがあった。
「メリクが安心してこっちへ来れるように早く嗅ぎ回っている奴を探し出さないとな……!」
少しシスコンが入り気味のグラルであった。このとき本当にグラルの称号に【シスコン】が追加されていることなど、グラルは露も知らないことであった。
一方、グラルから逃げてきたラムダは心臓の鼓動をなるべく押さえ込むようにしながら離れたところまで辿り着くと、そっとため息をついた。
「はあ、はあ、何なんですか!? あの子供は……!? あの歳で私の気配に気がつくなんてあり得ない!」
ラムダは執事でありながら、元々暗殺者稼業をしていた。勿論、暗殺者としての隠密に関するプライドもかなりあった。
しかし、そのプライドはまだ齢8歳の子供にあっさりと引き裂かれてしまった。
ラムダの中に悔しさと憤りが生まれるが、それよりも「何故気がついた?」という疑問も浮かんだ。むしろ後者の方が頭の中を占める割合は遥かに大きかった。
(お嬢様……! 私たちはとんでもないものを敵に回してしまったかもしれません!)
ラムダは心の中でシータの命令について悪態をつく。
取り敢えずラムダはシータへ報告した後、グラルとの交渉の余地がないか話すことにした。
「ええっ!? で、でもっ! まだ8歳の子供なのでしょう? どうして諦めるんですの!」
「先程も申した通り、あのグラルという子供は私の気配に気がついておりました。その上で放っておいたのです! この私を……!!」
「はあ、分かりましたわ……! 交渉はラムダ、貴方にお任せしますわ」
元は暗殺者だったラムダのことを察してか、シータは遂に諦めの言葉を口にしたのだった。
※※※
「グラル様……私めはラムダと申します。少し折り入って話したいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?」
結局シータの下僕──もとい、執事のラムダはシータと話をつけてグラルと交渉することとなったのだ。
「ああ、それは構わないが……誰の命令で散々嗅ぎ回っていたのか教えてくれ」
グラルは大体の予想はついているが、【積分魔法】関連ではエルドとエリス、そしてディクスまでもが他者へ情報を発信する可能性は大いにあった。だからこそ、グラルは予想を確信に変えておきたかったのだろう。いくら他言無用だとしても、漏洩することもあり得るのだから。
「畏まりました。私めの主はシータ・シン・トライアングル様にございます。貴方の周辺を調べたことは謝罪いたします。例の短剣について買い取らせてもらいたく、交渉人として参った次第でございます」
──〝やはりか……!〟とグラルは内心で思った。
「それが用件ならば帰ってくれ。ただし、どうしてもと言うなら試験の成績で俺に勝てたら、〝それ相応の価格〟で売ってやるよ」
それ相応の価格、グラルの秘密である“積分魔法”を用いたものであり、付与した内容も場合によっては計り知れない恩恵をもたらすものである。“積分魔法”の価値も考慮に入れれば、〝幸運を招く
それを知っている上でグラルは言ったのだ。
──〝それ相応の価格〟と。
そうしてグラルは受験に勝たなければならない理由が一つ増えたのである。
そして数日が経過して、試験当日となっていた。
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