第11話-グラル、学院に入学する③

 グラルは今日、ロンバルド王国へと旅立つ。

 グラルをロンバルド王国へ連れていくために、ディクスもついていくのかと思われたが、そのようなことは無かった。

 「それなら一人で行く」と結局グラルはそう決めてしまったのだ。

 グラルの傍らには自分の乗車する馬車が置いてあり、御者と護衛の冒険者がついている。

 勿論、洗礼の時の失敗を糧にディクスが自分の信頼のおける冒険者に依頼したので、盗賊のいざこざにはなり得ないとグラルに伝えていた。

「くれぐれも気をつけるように。私もお前の成長を応援してい──」

「グラル! 頑張ってきてね!! 少し、寂しくもあるけど……応援するわ!」

「お兄ちゃん行ってらっしゃい!!」

 ディクスが「応援している」と言い切る前にプリムラとメリクがディクスを押しのけて応援の言葉を送った。

 別れの寂しさとグラルへの期待の気持ちにある程度の整理がついているのだろう。

──だから、二人は笑顔で言っていた。

 それとは対照的にディクスは軽くしょんぼりしている。

「ああ、またな。……っとそうだ、メリクにこれを渡しておこう」

 グラルは先日、【積分魔法】で作った二枚のうちの片方の手鏡を渡しておいた。エフダッシュ伯爵領に何らかのトラブルまたはロンバルド王国で何かに巻き込まれた時の対処法として「これは使える」とグラルが判断したためである。

「これがあればいつでも俺の持っている〝これ〟とその手鏡を繋げて鏡の中を行き来できるからな、何かあれば使え。使い方は──」

 グラルは次々に手鏡の効果を説明していく。

「とまあ、使い方はおおよそこんな感じだな」

「お兄ちゃん……はいです!」

「ん……?」

 後ろを振り返るとディクスは知っているので平然としていたが、プリムラが口を金魚のようにパクパクさせて言葉を失っていた。

「グラル……! それは人様のものなんじゃないかしら? すぐに返しに行きなさい!!」

「俺が作ったに決まってんじゃねぇか!! 父さんも何か説明してくれ! 寧ろこの家の手鏡に効果を付与しだだけだしな!」

「すまん、無理だ。こうなったプリムラは強いんだ。私には出来なかったが、お前ならばきっと──」

「いいから早く返しなさい! 盗んだのでしょう!?」

「いや、本当に俺が作ったんだよ!? つーか父さん! 何気に楽しんでんだろ! この状況!?」

 プリムラの言葉から数学的帰納法ドミノ倒しのようにしんみりとした雰囲気が崩れていく。

「台無しだっつってんだろうがああああああああああ!!」

──こうして、台無しとなった雰囲気のまま、グラルは送り出されたのだった。



※※※



「もう二日経ったのか、早ぇな……! まあ、馬車の旅は長いけど」

「私のような老いぼれになるとこれくらいの時間は短く思えるのですがね……。まだ若いとそのような感想を抱くのも当然なのでしょうなぁ……」

 グラルは暇な時間が御者との会話で潰れていた。

 これはグラルにとっても暇な時間を持て余すことがなかったために、とても快く会話を弾ませている。

 また、御者も年齢をかなり重ねており会話することが楽しいのかとても楽しそうな顔をしていた。

 ただし、話の内容は時間の長さというある意味難しい話をしていたので子供と大人が普通に話す内容とは全くもって掛け離れているのだが。

 ジャネーの法則というものがあるが、〝これ〟はまさに〝それ〟なのだ。

「これがジャネーの法則か……!」

「はて? ジャネーの法則とは何でございましょうか?」

「あー、ジャネーの法則ってのはだな、歳を重ねれば重ねるほどに体感する時間が短くなるという理論で──」

 グラルはジャネーの法則についての概要を御者に説明した。すると──御者は何故か目を輝かせたのだった。

「何で目が輝いてるんだ?」

「長年、御者としての仕事をしておりますが、若かりし頃は暇を持て余すように時間を無駄にしていたのです。でも今となってはそれを全く感じない……この謎が解明されて少し好奇心が爆発してしまったのです。いや、この歳でお恥ずかしい限りですな! カッカッカ!」

 ここで、グラルはこれだけの考えが出来るのに何故、学問が発展していないのだろうと疑問を覚えた。これだけ考える力があれば数学を突き詰める者もいてもおかしくはない。寧ろ、いない方がおかしいのだ。

「なるほど……ところで、御者さんは〝数学〟って言葉を聞いたことはあるか?」

「はて? 数学? 数学、すうがく、スウガク……。一体、それはどういったものなのでしょうか?」

「そうだな……強いて言うならば、数について知る学問だな」

「数、ですか? それは大昔に数について学ぶ者がたくさんいたらしいのですが、それに関係しているのですかね?」

「ちょっと待ってくれ、大昔に数について学ぶ者……!?」

「そうです。学問の名前については分かりませぬが、確かにあったそうです」

「そうなのか……!」

「それではもし、良ければその“数学”なる学問について少し……教えていただけませんでしょうか? 先の短い老いぼれの頼みとして聞いてくれると嬉しいですな!」

 グラルはここで思案する。

(ここから数学について広めることも出来るか……? まあ、いいか……)

「分かった。旅の間だけなら数学の何たるかについてを教えることは出来る。これで旅の間の時間潰しにも十分だろ?」

 もしかすれば、こっちのほうがグラルの本音なのかもしれないがグラルは数学について旅の道中に教えることとなったのだ。

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