第9話-グラル、学院に入学する①

──グラル達家族四人は、エフダッシュ伯爵領へ戻ってきていた。

「グラル……私は銀貨一枚では到底釣り合わないものを貰ってしまった。だから私は少しでも良い教育機関へ行かせたいと思う……!」

 ディクスはグラルの【積分魔法】で【雷属性魔法】を手に入れてからは何故かグラルに対して常に謙っているのだ。そして、数学云々の話から出来るだけ良い教育機関へと入学させたかったのだ。

 これは言い換えれば、ディクスの中にはまだ親心というものが残っているということの証明にもなるのだが、本人は決して認めようとはしないだろう。

「あれが取引だっただろ……? ある意味、賭け事って言ったはずだが?」

「いや、まさかここまでの恩恵があるとは思ってもいなかったからな。だからせめて、自分自身を納得させるためにもな、良い教育機関に通ってくれ。その方がお前にもその数学とやらを広めるための一歩にもなるに違いないはずだ……!」

「っ……!!」

 そう言われてグラルは目を見開いた。

 上位の教育機関に通えば、そこにはエリートを目指すような、とても意識の高い人達が集まるところで堂々とグラルは広めることが出来るはずだ。

 たとえ一生徒として在籍していたとしても、互いに切磋琢磨する中で数学を広める機会は絶対に存在するのだ。

 数を数えるにしても数学が発展していればそれだけ計算が楽になる。

「そうだな……因みに最高峰の教育機関はどこの国にあるんだ?」

「ロンバルド王国の王都ミラだ。そこに最高峰といわれる教育機関、ロンバルド王立総合学院があるが……茨の道だぞ? それでも進めるか?」

「ああ、勿論だ。俺はロンバルド王立総合学院に絶対に、通う!!」

 ディクスは「可能」か「不可能」かを問い、グラルは可能不可能の問題ではなく──「やる」のか、「やらない」のかの二択でその問いに答えたのだった。

「それならばあと一年、通うための実力をつけろ……!! あの学院は魔法や戦闘の実力も必須だからな」

 ロンバルド王立総合学院は8歳から入学することの出来るトップ校であり、そこを受験する者も多いのだ。

 だからこそ、グラルを完全に認めてはいないにしろグラルの背中を親として押したのだ。

 グラルは「そんなの当たり前だ」と答えるとその場を後にして、自室へと戻っていった。

──どこまでも一直線、お互いにひねくれているディクスとグラルであった。

 そして、グラルが魔法や戦闘のルーツを学ぶために一年間だけ二人の冒険者が先生として雇われることとなった。



※※※



「グラル、お前に魔法と戦闘センスを教えるための先生となる者たちを連れてきた。これから一年、勉強だけでなく他のことも学ばなければならないが……いいな?」

「大丈夫だ。今の俺に足りないのは魔法や戦闘に関する経験だからな」

 グラルは今の自分にとって必要なもの──つまり、「魔法の知識や戦闘センスを磨くことに集中したい」と言葉を付け加えた。

 すると、ディクスに連れられてきた二人の冒険者は実年齢と精神年齢が一致しておらず、子供に似つかわしくないグラルの発言に多少面食らって目を驚かせている。

「さて、グラルが教わる冒険者たちだ。自己紹介しろ」

 ディクスがグラルに催促すると、グラルは口を大きく開けて自分を紹介した。

「俺がグラルです……! 魔法の知識も戦闘経験も少ないので、貴方がたに是非教えてもらいたいと思っています!! 敬語は無しでよろしくお願いします」

「いやぁ~こんなに言葉を大きく発音しなくてもだな……! でもちょっと助かった。俺はエルドだ。グラル様、よろしくな!」

「っ……ちょっとは敬語使いなさいよ! エルド……。あっ! 申し遅れました。私はエリスと申します。これから一年の間、グラル様の先生を務めさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いします」

 敬語がいらないと言われて冒険者のエルドがくだけた様相を呈し、それを冒険者のエリスが窘める。これだけを見れば夫婦であることを推測されるかもしれないが、「まだ」とのことである。

 グラルは実際にそのことについて質問すると二人はあたふたした様子を見せた。その様子を見てグラルは満足そうに頷くと、改めて頭を下げた。

「よろしくお願いします」

 このときばかりはグラルの言葉も礼を弁えたものであった。

 そして、グラルはメキメキと実力をつけて気がつけば一年が経過していたのだった。



※※※



「今日が最後だな……! 改めて見ると、感慨深いものがあるな!!」

「そうねぇ、何か少し寂しくもあるわね……」

 グラルはエリスにも言葉遣いがくだけたものにして欲しいと頼んだので、エリスの口調も少しくだけたものとなっている。

「それより二人はあとどのくらいで結婚するんだ……?」

 そこでグラルのデリカシーの全くない発言である。二人は顔を赤らめて、言った。

「「この依頼を終えたらそうしようかな、と……」」

 その言葉にグラルは口元をニヤリと歪めると、他言無用でという条件を伝えてから今までの報酬とは別で〝お祝いの品〟として【積分魔法】でランダムに能力を追加しようと考えた。


「それじゃ、これからすることは他言無用で頼みますが、今から能力を一つランダムにプレゼントしたいと思います。勿論、この先生としての仕事への報酬とは別で、です」

「何だ? 能力をプレゼント!?」

「そ、そんなの聞いたことないわよ!?」

「まあ、見ていてください。出てよ、【不定積分】!」

「「積分?」」

 積分という聞き慣れない言葉に二人は首を傾けた。しかし、グラルは「能力を一つ与えるだけだ」と言って【積分魔法】を使用する準備をした。

「「え、ええと……」」

 二人が戸惑っているが、そのようなこともお構い無しにグラルは【積分魔法】に追加元を入力する。

 まず、エルドは身体能力の強化についてと実戦を中心に学んだので、グラルは『エルドの身体能力』と入力してから積分を実行した。

「おおっ! な、なんか光が集まってるぞ!?」

 そして光がおさまると、付与された能力をエルドが確認した。

「何だこの、【烈火】というのは……?」

「詳細を確認すればわかる。確認してみろ」

「ああ、分かった。って、うおおおおおおおおおお!?」


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【烈火】:炎の力で移動速度と瞬発力を上昇させる。


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「何だよこれ! 普通に強いじゃねぇか!!」

「だから他言無用と言ったんですけど?」

「ねぇ! 私は! 私にもお願いできる!?」

 待ちきれなくなったエリスは少し早口に捲し立ててグラルを催促する。

「分かった。【不定積分】!」

 グラルはエリスから主に魔法についての知識を学んでいた。だからこそ、グラルはエリスに魔法についての能力を与えたかった。

「これでよし! 【積分実行】!」

 グラルは空欄に『エリスの魔法を行使する力』と入力すると、すかさず積分を実行した。

 エルドと同様に淡い光が集まって一瞬、強く発光してエリスの胸の中に入っていった。

「【ステータス】! って、えええええええええええ!?」

 そこに示されていた要素能力、それは【叡智】という言葉だった。


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【叡智】:自分の見たものを永続的に記憶する。


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「す、すごいわ!! グラル! わ、私がこんな能力を貰っても良かったのかしら……?」

 まさか〝映像記憶〟のような能力を貰えるとは微塵も思っておらず、エリスははしゃぎ出した。

「「ありがとうございます! グラル様!!」」


 そして、言葉遣いが相手を敬うものへと変わってしまっていた。

 グラルはエルドとエリスの二人に能力をプレゼントして遂に先生と生徒としての関係は終わりを迎え、グラルはエルドとエリスの旅立ちを見送った。

「ありがとうございました!」

 グラルは少し言葉を丁寧なものにして、礼を言うと二人はエフダッシュ伯の馬車で門まで送られたのだった。

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