小説の練習(素人)

立木斤二

課題1  「ビールをうまそうに飲ませる」

課題

  「ビールをうまそうに飲ませる」


  初心者のおじさん冒険者シローが初めてモンスターを倒し、やっと金を得た。

  シローは酒場の『ほがらか亭』へと行き、ビールを飲んだ。

  それはシローが久しぶりに飲むビールであった。



作品


 冒険者シローは、この異世界に来てからというもの、まともなものを飲み食いはしていない。そもそも冒険者はモンスターを退治しなければ収入がないのだから、一体もモンスターを退治したことのないシローは、十分な飲食代がないのも当然である。


 「食うもんは残飯の腐りかけの肉でもいいが、せめてビールさえ飲めれば……」


 ポケットの中を探る。何度確かめても、そこには2ゼニーしかない。これじゃあ、ビールどころか今晩のメシ代も危ないぞ。シローはため息をついた。

 支給された金は尽きた。命を賭けてでも戦う時がきたのかもしれない。

 シローは腰にかけた剣を握る。

 冒険者になれば、誰もが無料でもらえる最低レベルの武器だ。売ったところで、1ゼニーにもならないが。


 「スライム1匹も倒したことのない冒険者なんて、俺くらいのもんだろうな……」


 同期の者は、モンスターと戦ってほとんど死んだ。生き残った者は、英雄クラスに迫ろうとする才能のある者だけだ。

 シローはと言えば、戦いにすら挑まず残飯をあさって生き延びた。しかし、それも限界だ。そろそろモンスターを狩って、金を稼がねばならない。


 シローは勇気を持とうとする。……しかし、どうにも無理だ。情けない話だが、戦うことを想像しただけでも手が震えてしまう。


 「しかし、ビールのためだ、ビールの……」


 自分に言い聞かせるように、何度もそうつぶやいて森への道を進んで行った。

 何も考えるな、ビールを飲むことだけに集中しろ。シローはそうやって恐怖を追い払い、森へと入って行くと、突然足にヌルっとしたものが絡みついたのである。やばい、スライムだ!


 「ウギャ!」


 とシローは悲鳴をあげたかと思うと、剣をとることすらせず、逃げようと走り出した。しかし、すぐ目の前に木があることを知ったのは、ひどく頭をぶつけた後のことであった。


 頭がクラクラするのに加え、スライムに飲み込まれる恐怖にも襲われる。シローは生まれて初めて、死を意識した。


 「ええい、もうヤケクソだ!」


 シローはやみくもに剣を振る。運よく、偶然そのひと振りがスライムにクリティカルヒットしたのである。

 チャリンという音とともに、硬貨1枚がシローの上から降ってきた。しばらく状況が理解できなかったシローだが、地面に落ちた50ゼニー硬貨を認めると、これでビールが飲めるぞ、そうぼんやり思うのであった。



 「お前さん、この店は初めてのようだな」


 シローが『ほがらか亭』のテーブルにつくと、ごつい体の店主が声をかけてきた。体つきに似合わず表情がなごやかだ。さすが、ほがらか亭という店名だけのことはある。この世界に来てから何件かの店に行き、その都度疑い深い視線に突き刺されていたシローであるが、このような暖かい目つきで見られたことは初めてだ。だからシローも笑顔で返す。


 「ああ、初めてさ。冷たいビールを頼むよ」


 シローは50ゼニー硬貨をテーブルにバチンと置く。自分がどう見られているのかは理解している。少ない金だが、親切そうな店主を安心させるつもりで金を置いたのだ。

 アイサァ、と店主はビールを運んできた。爽やかなホップの香りがシローの鼻に吸い込まれていく。

 ああ、この香りだ。この世界に来る前、よく居酒屋で飲んでいた生ビールの香りだ。シローはたまらずジョッキを口に寄せる。

 ゴクッ、ゴクッとのどが鳴った。


 「ふぅ~っ!」


 これだよ、これ! 久ぶりに飲むビールで、シローの頭の中はお祭り騒ぎのようであった。これぞ喜び! これぞ生命! 一口飲むごとに次々と感情が湧き起こり、あっという間にジョッキのビールを飲み干したのであった。


 「旦那、飛び切り辛い豚肉とにんにく炒めがありますぜ。安いし、ビールにも合いますぜ」


 店主が、ほがらかに言う。ほんと、ごつい肉体に笑顔が似合うおやじだ。シローも思わず顔が緩む。ここ半年間、いや、元の世界で働いていた頃も含めると20年間以上ぶりに心からの笑顔で答える。


 「おやじ、ビールもう一杯! それと、その豚肉とにんにく炒めもうまそうじゃねえか。俺が辛いものが好きってよくわかったな、頼むぜ!」



 シローは決意する。


 明日もスライムを狩りに行こうと。


 恐怖は決して消えないだろう。しかし、恐怖を克服した後には、こんな素敵な食事が待ってるのだ。


 店内には、なんともいえないニンニクを炒める香りが漂っていた。

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