不死人のバラード

虹音 ゆいが

【】 眠り姫と泣き虫

「おい、そっち行ったぞ!」

「おう、任せろ!」


 野太い声が響き渡り、ついで剣戟の音。無骨な得物を手に、襲い来る魔物をなぎ倒していく筋骨隆々の男、男勝りの女。

 とある森の中。数多の魔物の骸を踏み越えて、彼らは功を競うように血を浴びる。


「はっはぁ、こいつで最後だな!」

「バカが、一匹逃がしてんぞ! 団長すんません、そっち行きました!」

「分かった」


 彼は緩慢な動きで得物を構える。

 細身の剣だ。他の者達の得物と比べてあまりに頼りない佇まい。

 けれど、その刀身が光を発した刹那、


「ふっ!」


 彼は輝く剣を一閃。まるでバターにナイフを差し込むかのように、強靭な魔物の体を両断した。


「さっすが団長! よっ、不滅の魔剣士!」

「茶化すなよ。あと、次から気を付けろよ?」

「へへっ、分かってますってすんません! んじゃ、俺らは後片付けしとくんで団長は休んでてくださいよ!」


 調子のいい言葉を残して離れていく男。彼はその様をぼんやりと見ながら手近な切り株に腰を落とした。


「相変わらず大雑把なヤツらじゃのう。死ぬぞ、その内」


 と、背後から甲高い声。彼は、振り向かない。


「ま、ある意味幸せなんだろうけどな」

「んん? どうした? まだ28年じゃぞ? もう死にたくなったのかの?」

「お前も茶化すな。って、そうか。今日でちょうど28年経ったのか」


 早いモノだ……いや、特に早くは無かったか。色々な事があったし、楽しい事も悲しい事もあった。

 ただ、まだ〝先〟は長い。感傷に浸るには、早すぎる。


「おぬしとの付き合いも28年という事じゃ。下手な血縁よりも深い仲じゃのぉ」

「そうだな。これから先もずっと続くと思うと少しうんざりする」


 と甲高い声がぐいと彼の顔を覗き込む。28年変わる事のない、見慣れた少女の顔が彼を間近から見た。


「まぁそう言うな。あと72年、よろしく頼むぞ? 戦友」

「ああ、分かってるよ。戦友」


 あと、72年。

 それが果たして長いのか、短いのか。

 少しずつ、分からなくなってきていた――――




 ――――孤児、だった。

 14歳の秋。故郷が盗賊に襲われた。

 親は死んだ。隣人も死んだ。村長は拷問の末に死んだ。僕だけが、逃げ出せた。


 泥と涙に塗れて道なき道を行き、ようやく辿り着いたのは名も無き村。そこに住む、同い年の少女に助けられた。

 彼女は寝床を、食べ物を僕にくれた。彼女の両親はあまり僕を好ましく思っていなかったようだけど。当然だ。このご時世、赤の他人の世話をしてやれるほど心と金の余裕を持ってる人は少ない。


 僕は彼女と仲良くなった。彼女も同い年の僕と友達になれるのが嬉しいと言ってくれた。貧しい暮らしではあったけど、僕は少しずつ辛い記憶を忘れる事が出来た。

 喧嘩もした。ホントにくだらない、友達同士でするような他愛ない喧嘩。

 いつも僕が言い負かされて、泣きそうになる僕を尻目に彼女は自分の部屋に戻っていく。けれど、次の日の朝になると彼女は、昨日の事なんて無かったかのように起こしに来てくれる。まるで、太陽のような子だと思った。


 けれど、僕の知らないうちに太陽はその輝きを失ってしまった。


「……え? どういう、事ですか……?」


 いつものように喧嘩別れをした次の日。彼女は、起こしに来なかった。

 よっぽど怒らせてしまったのだろうか。びくびくしながら部屋を出ると、彼女の両親が僕を見つけて言う。

 もう、フィリア彼女には会えない、と。


 詳しい話を聞こうにも、2人はそれ以上何も話そうとしない。もうお前を世話する理由もない、とっとと家から出ていけ。ただそれだけだ。

 別に出ていくのは構わない。彼女がいない家になんて、こっちから願い下げだ。

 だけど、彼女に会いたい。その思いだけで、僕は村を駆け回った


 彼女がいなくなったからか、村の人達もみんな殊更に僕に冷たい。何を聞いても罵声が返ってくるばかり。

 走った。走りつくした。ついには村を飛び出し、あてもなく彼女を探した。


「なんじゃ、おぬし。たれぞ探しておるのか?」


 そんな時、甲高い声が僕を呼び止めた。

 血のように赤い髪が目を引く、小柄な女の子だった。


「君……誰?」

「私か? 私は、神様じゃ」


 ふざけた事を言う少女だと思った。

 でも、藁にも縋る思いで彼女の事を聞く。少女は伏し目がちに言う。


「なんじゃ、フィリアを探しておるのか」

「知ってるの!?」

「知ってるもなにも……おぬし、村の外の者か」


 気が逸る僕だったけど、少女があれこれとしつこいのでフィリアと出会った経緯を話す。


「なるほどのぉ。よし、付いてくるがよい」


 歩き出す少女を無心で追いかける。やがて、社のような、妙な佇まいの場所に辿り着いた。


「ここは……?」

「封印の祠、かの。邪神を抑え込むためのな」


 邪神……? 気には掛かったけど、それよりも彼女の事だ。詰め寄る僕に、少女は社に置かれた石の棺を指さす。


 棺。イヤな予感がしつつも、僕は棺の蓋をやっとのことでずらす。


「……何で」


 彼女が、横たわっていた。

 その頬を触れると、ほんのりと温かい。


「……っ。生きて……?」

「仮死状態じゃからその表現も正しくないがの」


 まったく状況が飲み込めない僕に、少女が言う。


 この地には邪神が封じられていて、本来なら神たる少女がそれを封印するはずだった。だが、邪神の力が日に日に強まり、とうとう抑える事が出来なくなった。

 そこで、村の中で一番の魔力を秘めた巫女が、その魔力と肉体を捧げて邪神を封じる魔術式を発動させる、という風習が生まれた。そして、フィリアは当代一の魔力を有する巫女だった。


 眠っているだけ。神たる少女に言われ、僕は少しほっとした。いつか、目覚めるのだと。

 だけど、すぐに絶望する。


「次に目覚めるのは、100年後じゃ」

「ひゃく、ねん……?」


 途方もない言葉の重みに僕は呆然とした。神たる少女は続ける。


「そうじゃ。そして抑えきれなくなった邪神によって殺され、新たな生贄が選ばれる。これまで500年続いてきたように、の」

「………………」


 黙り込む僕に、少女は言う。もうフィリアの事は忘れろ、と。


「まぁ、せめてもの手向けじゃ。おぬしが1人でも生きていけるよう、神の力を以て願いを叶えてやるぞ?」

「……願い? 君の力が弱まったせいでフィリアがこうなったのに?」

「それを言われると辛いがのぉ。まぁ、邪神が相手ならともかく、人の子ひとりの願いを叶えるくらいは造作もないぞ?」

「そっか。なら、僕を不老不死にして」

「……なんじゃと?」

「僕も100年生きて、強くなって邪神から彼女を護る。護るよ」


 少女は目を見開いていた。その目が問うている。何故そこまで、と。


「……喧嘩をしてたんだ。下らない事だよ。そしたら、もう謝る事も出来ないだってさ。バカげてる」


 彼女は村の為に生贄になった。風習だかなんだか知らないが、村の人間は彼女を送り出した。

 他人には頼らない。僕の力で、助ける。


「彼女の笑顔を、もう一度見たい。それまで、死んでたまるか」





 それが僕、アステルと少女、シェルリーゼの出会い。

 100年の腐れ縁が、始まる――――




 

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