春の花嫁
雨世界
1 その人はじっとどこかの神社の境内に咲く、桜の花を見つめていた。
春の花嫁
登場人物
柏葉卯月 穏やかでかっこいい男子高校生
三ツ矢伊予 すごく勝気な女子高生
プロローグ
あなたを愛しています。
本編
四月
その人はじっとどこかの神社の境内に咲く、桜の花を見つめていた。
伊予が初めてその人に出会ったのは、桜の咲く春の季節だった。その人は、伊予と同じ桃山高校の制服姿のまま、じっとどこかの神社の境内に咲く、桜の花を見つめていた。
かすかに散る、桜の花びらの中にいるその人の姿を見て、思わず伊予は、その足を止めた。
その人の横顔を見て、伊予は恋に落ちた。
その人が好きだと、本当に伊予はそう思った。
伊予がその人の姿に見とれていると、その人はふと、舞い散る桜の花から、その視線を道路の横で立ち止まっている伊予に向けた。
その人と目があって、伊予は思わずどきっとした。
その人は春風の中で、じっと伊予のことだけを見つめていた。伊予は、おはよう、とか、桜きれいですね、とか、どこの高校の人なんですか? とかなにか、なんでもいいから、その人に話をしなければと思ったのだけど、なんの言葉も伊予の口からは結局、出てこなかった。
伊予はただ、黙ったままじっとしていた。
すると、その人はゆっくりと伊予に近づいてきた。
その人との距離が縮まっていくたびに、伊予の心臓はすごくどきどきとした。
そして、やがて、二人の距離はほとんどなくなった。
その人は伊予の前までやってきた。
あ、あの……、と伊予がようやく、初めての言葉を話そうとしたときだった。
「間違ってたらすみません。もしかして、……伊予ちゃん?」とその人はにっこりと笑ながらそういった。
……伊予ちゃん?
確かに私は伊予だけど、でもどうしてこの人が、私の名前を知ってるの? と伊予が思ったときだった。
伊予の中で確かに、今笑った(すごくかっこいい)目の前にいる男の人と、それから、昔、ずっと昔に、よく遊んだ小学校時代に転校してしまった、仲の良かった泣き虫の男の子の笑顔が、確かにぴったりと重なった。
「……もしかして、卯月?」伊予はいった。
「うん。そうだよ。卯月。柏葉卯月。伊予ちゃん。僕のこと、まだ覚えてくれていたんだ」と嬉しそうに笑って卯月は言った。
伊予はなんだかくらくらした。(過去と現在の間で、伊予の心は振り子みたいに揺れ動いていた)
それが三ツ矢伊予と、柏葉卯月が、六年ぶりに再会をした瞬間だった。
二人のいる世界に春風が吹いた。
その風に、たくさんの桜の花が舞っている。伊予の心臓は、相手が卯月だとわかったあとも、ずっとどきどきしっ放しだった。
……私はこれからどうなるんだろう? とそんなことをその桜吹雪の中で、すごくかっこよくなった卯月の顔を見ながら、三ツ矢伊予は思っていた。
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