第六章:立ち込める暗雲と、青き乙女と/02

 本部でのミーティングが終わり、帰宅後。実家でもある純喫茶『ノワール・エンフォーサー』にアンジェとともに戻ってきた戒斗は、例によってカウンター席に着いて遥と言葉を交わしていた。

「――――やはり、記憶は戻らないままです。伊隅飛鷹が何者か、私にもまだ分からなくて……正直、色々と戸惑っています」

 接客の合間にカウンターの奥に戻ってきた遥が、カウンター席に着く戒斗とアンジェの二人にそう言う。

 言った後で、遥はこんなことを二人に問いかけていた。

「そういえば、あの時……彼女と美雪さんが私をこの家まで運んでくれた時、お二人は何を言っていたのですか?」

「えっと……」

「――――美弥のことを、遥のことを任せたと。飛鷹は俺たちにそう言っていた」

「私の、ことを……」

 戒斗の回答を聞き、呟く遥。

 そんな彼女の顔を見上げながら、アンジェはこう語りかけた。

「多分だけれど、飛鷹さんにとって遥さんは……凄く、大切な存在だったんじゃないかな」

「私が、彼女にとって……?」

 戸惑う遥に「うん」とアンジェは静かに頷き、

「詳しいことは、僕たちにも分からないけれど。でも、あの時の飛鷹さんは……僕たちに遥さんのことを任せたって言った時の飛鷹さんは、そういう顔をしてたよ」

「……そうですか」

「ま、心配し過ぎなくても良いんじゃないか? いっぺんは戻ったんだ、前にも言ったが……待っていれば、そのうち記憶も戻るだろうさ」

 唸る遥に、戒斗が表情を綻ばせながら励ましの言葉をかける。

 それに遥も「ふふっ……そうですね。戒斗さん、アンジェさん、ありがとうございます」と笑顔で返した後、また表情をシリアスな色に変え。続けてこんな言葉を呟いていた。

「……問題は、私の記憶のことだけじゃありません」

 呟く彼女の神妙な面持ちを見て、戒斗たちも微かに表情を真剣なものに変える。

 そんな二人をカウンターの奥から見つめながら、遥は続く言葉を紡ぎ出した。

「敵は……バンディットは、確実に強くなっています。そのことが、私にはとても気掛かりなんです」

「……今日、僕らが話してたのもその話題だったんだ」と、アンジェが呟く。「敵には下級と中級、それに多分、上級と……飛鷹さんの言葉が本当なら、もっと強い特級バンディットっていうのも居るみたいだから」

「この間、例の人工神姫……リュドミラが倒した奴が中級だとすると、他はアレ以上の強さってワケか。全く頭が痛くなる話だな……」

「だね……」

「…………正直、私ではもう敵わないかもしれません」

 アンジェの言葉と、続いて戒斗の呟いた一言を聞いて、遥が珍しく弱気な言葉を漏らす。

 彼女がこんなに弱気になるなんて、あまりにも珍しい――いいや、初めて見た。

 だからか、戒斗は遥の顔を見上げながら「弱気になるなよ、遥」と彼女を励ます。

「そうだよ遥さん。僕たちだって居る、それに飛鷹さんたちだって……!」

 更にアンジェもそうやって励ますが、しかし遥は「それは、そうかも知れませんが……」と微かに目線を逸らし、

「でも……このままというワケにもいきません。私は、私たちは今以上に強くならなければいけないと思うんです。その根拠は分かりません。ですが……私の中の何かが、そう強く訴えかけてきているような気がしてならないんです」

 と、ある種の確信を秘めた声で二人に呟いていた。

「今以上に強く、か……」

「うーん、かといってどうすれば良いんだろう……?」

「…………どうしたら、良いのでしょうか」

 ――――強くなるとは、一体何なのか。強さとは、一体何なのか。

 遥の言葉を切っ掛けに、三人はそんなことを考え込んでしまう。考えたところで、確たる答えなんて出てくるはずのないことを。

「私にできることが、きっとまだあるはず」

 …………それでも、迷ったりはしない。答えは出なくても、やるべきことは、戦うべきことは、全て明らかなのだから。

 故に遥もアンジェも、そして戒斗も迷わない。誰かが助けを求めているのなら、戦うことを恐れたりはしない。それが神姫であり、そして――――彼女たちが、彼女たちである所以ゆえんなのだから。





(第六章『立ち込める暗雲と、青き乙女と』了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る