第六章:立ち込める暗雲と、青き乙女と/01
第六章:立ち込める暗雲と、青き乙女と
リザード・バンディットたちとの交戦と、新たな人工神姫リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤとの遭遇から数日後。戒斗とアンジェ、そしてセラの三人は例によってP.C.C.S本部ビルの地下司令室に集められていた。
並び立つ三人の前には石神と有紀、加えて補佐役の南が顔を揃えている。例によって前者二人が主な進行役という形で、現在の状況説明が行われている真っ最中だった。
「――――まず、例の二人についての情報を共有しておこう」
石神がそう言って、傍らに控えた南に目配せをする。
そうすれば南は「了解ッス」と頷き、傍らに抱えていたタブレット端末を操作。時折その画面に視線を落としつつ、石神の言う例の二人とやらの説明を戒斗たち三人に始めた。
「最初に……伊隅飛鷹、クリムゾン・ラファールの方ッスね」
説明すべき二人の内の一人というのは、他でもない彼女……伊隅飛鷹のことだった。
「――――伊隅飛鷹、現在二三歳。古流拳法『天竜活心拳』の伝承者らしいッスね」
「天流活心拳……?」聞き慣れない単語に、首を傾げる戒斗。「前にも飛鷹が言っていた気がするが……何なんだ?」
「あのヒトの家に代々伝わってる古流拳法らしいッスね。文献は少ないッスが……なんでも、一子相伝の暗殺拳らしいッスよ?」
「暗殺拳か……穏やかじゃないな」
「とはいえ、教義自体は割と穏やからしいッスね」
唸る戒斗にそう言った後、南は飛鷹についての説明を更に続けていく。
「詳しい経歴は定かじゃないッスが、一年半前に失踪扱いにはなってるッス。謎の多い人物ッスが……めちゃめちゃ強いってことだけは確かッスね」
うんうんと独りで頷く南に、セラが「でしょうね」と頷き返す。
「生身でバンディットとあれだけ渡り合うなんて、ちょっとどころかかなりおかしいわよ? しかも……相手はあのバッタだもの。今更言われなくたって、あの伊隅飛鷹ってのがとんでもない女だってのは分かってるわ」
「ホント、意味分かんないッスよねえ……クロウフォード隊長もスゴイ顔してたッスよ?」
それにセラが「でしょうね」と相槌を打つ傍ら、南はコホンと咳払いをし。再び手元のタブレット端末に視線を落とすと、もう一人の説明に取り掛かった。
「それで、問題の…………リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤについての情報ッス」
――――リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤ。
戒斗たちの前に突然現れた、二人目の人工神姫。妖精のようなあの銀髪美少女こそ、飛鷹とともに情報を共有しておく必要があるもう一人だった。
「リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤ、現在十六歳。ロシア出身で、モスクワ在住だったみたいッス。ちなみにボリショイ・バレエ学校の生徒で、バレリーナを目指してたらしいッスね」
「ボリショイ・バレエ学校……? えっと、それって?」
また南の口から飛び出してきた聞き慣れない単語に、今度はアンジェが首を傾げた。
それに「バレエの名門だ」と答えたのは南ではなく、何故か戒斗で。答えた彼は隣に立つアンジェに続けてこう説明する。
「とんでもない超名門だよ。そんなところに通ってたんだ、相当に才能があったんだろうな…………」
「実際、将来を有望視されていたみたいッスよ。結果は……まあ、戒斗さんたちもご存じの通りになっちゃったんスけど」
「にしてもカイト、よくそんなこと知ってたね?」
横目の視線で見上げながら言うアンジェに、戒斗もまた横目の視線を返しながら「前に読んだ漫画のキャラに、そこの出身が居てな。それで覚えてたんだ」と返した。
そんな二人の様子を眺めつつ、南はまたタブレット端末に視線を落とし。リュドミラについての説明を続けていく。
「……家族構成の話になるッスけど、どうやら一人っ子だったらしいッス。その両親も彼女が失踪した当日、自宅で死亡しているのを隣人が発見。現地警察は他殺だと判断したッス。犯人は未だ不明のままで、既に迷宮入り扱いされかけてるみたいッスね」
「…………奴らの仕業ね」
察し、呟くセラに「多分そうッスね」と南は頷き返し、
「彼女がネオ・フロンティアによって人工神姫に改造されたこと、失踪時期と死亡推定が合致していること。これらから推測するに……リュドミラの両親は間違いなく、彼女が拉致される際にネオ・フロンティアによって殺されてるッス」
と、続けて自身の見解をそう述べた。
「それ以外に取り立てて話すべきことは無いッス。強いて言えば……彼女が翡翠真、グラファイト・フラッシュに続く人工神姫の二例目で、現在は伊隅飛鷹と行動を共にしているってことぐらいッスね」
報告を締めくくる南の言葉に「うむ」と石神は相槌を打った後、皆に続けてこう言った。
「現状、伊隅飛鷹を始めとした神姫たち……謂わば第三勢力である彼女らの動向は不明のままだ。こちらについては目下、調査を続けているが……もうひとつ、皆に共有しておきたいことがある」
そんな石神の発言に続き、今度は有紀が口を開いた。
「簡単に言えば、先日アンジェくんたちが交戦した例のバンディットについてだね」
有紀はそう言って話を切り出すと、続けてこんな言葉を紡ぎ出していく。
「クマの方はさておき、例の個体……リザード・バンディットがどれだけ厄介な敵だったかは、実際に交戦したアンジェくんたちが一番よく分かっているだろう。伊隅飛鷹の言うことが正しいとしたら、奴は中級バンディット……今まで交戦してきた、下級と推定される連中よりも強い個体だったはずだ。
また、彼女の言い方から推測するに……それ以上に強い、上級バンディットというものも存在するのではないかと思われるね」
「何というか……厄介だな」
「そうだね……僕らが今まで戦ってきたのが、あくまで下級だったって思うとね……」
「所詮は雑魚、本番はこっからってワケ……? ったく、冗談キツいわよ」
有紀の言葉に、戒斗とアンジェ、セラが揃って険しい顔をして唸る。
そうすれば、ふと何かを思い出したアンジェが皆にこんなことを言った。
「えっと、前に飛鷹さんから聞いたんですけれど。敵にはそれ以上の……特級バンディット、っていうのが居るみたいなんです」
アンジェが言うと、石神は「どういうことだ?」と首を傾げる。
続けて石神に「詳しく聞かせてくれ」と説明を求められれば、それに答えたのはアンジェではなく、横に立つ戒斗だった。
「詳しくは分からない。俺たちも飛鷹がポロッと零したのを聞いただけで、詳しいことまでは聞かされていないんだ」
ただ――――。
「…………ただ、その特級バンディットってのは例のネオ・フロンティアのボス、篠崎十兵衛の近衛騎士たる七二柱だと……飛鷹はそうも俺たちに言っていた」
そんな風に戒斗が説明すれば、それを聞いた石神と有紀に南、そしてセラはまた険しい顔をして、低く悩ましげに唸る。
そうして皆で悩み、沈黙すること数分。「まあ、これ以上考えても仕方のないことだ」と言って、何処か気まずくもある沈黙を打ち破ったのは、有紀だった。
「なんにせよ、皆で共有しておきたいことはここまで。要件のひとつはここで終わりだ」
有紀はそう言って話を打ち切ると、次に戒斗の方に向き直り。とすれば「君に渡すものがある」と言って、懐から取り出した何かを彼にスッと差し出した。
彼女が差し出してきたのは、黒い携帯電話のような物だった。
「…………これは?」
とりあえず受け取った戒斗が、手の中にある携帯電話らしきものを見つめながら疑問符を浮かべる。
弄ってみると……やっぱり、携帯電話の類らしい。
一見すると昔ながらの二つ折り携帯のようでもあるが、しかしちょっと違う。上半分をクルリと一八〇度回転させて開く……かなり古い、リヴォルヴァー式と呼ばれるタイプの携帯のようだ。
リヴォルヴァー式というのは、携帯電話黎明期の二〇〇〇年代初め頃。一瞬だけ現れてはすぐに消えていった……まあ、知る人ぞ知るタイプの古い代物だ。
「これまた古くさい……」
二つ折りでもなければ、スライド式でもない。今日日まずお目に掛かることなんてないリヴォルヴァー式の携帯電話なんて物を手渡されれば、呆れ返った戒斗はそう呟き、ただただ微妙な顔を浮かべることしか出来なかった。
そんな戒斗の様子を暫く見ていた有紀は、やっとこさ口を開くと。突然手渡してきたその珍妙な携帯についての説明を始める。
「それは『フォンコマンダーXG』。ヴァルキュリアXGの支援用サブデバイスでね。渡しておくのをすっかり忘れていたんだ」
「……ってことは、また先生のお手製か?」
「そういうことだ」としたり顔をする有紀。「形に関しては私の趣味だよ。戒斗くんだって好きだろう? そういうの」
「…………まあな」
ニヤリとして言う有紀に、戒斗も呆れ半分で頷き返す。
実際、戒斗もリヴォルヴァー式携帯は嫌いじゃなかった。
彼自身、ハードマニアというか……こういうデバイスに目がない節がある。最初こそこの携帯電話……フォンコマンダーXGの古臭い展開機構に面食らったが、使ってみると意外に小気味良くて楽しい。無意味に開いたり閉じたりしたくなる、妙な魅力があった。
まあ……なんでまた有紀がこんな形にしたかといえば、本人が言った通り彼女自身の趣味なのだが。確かとある特撮番組にこんなようなツールが登場していた覚えがある。全く、特撮マニアとしても有紀はまるでブレないらしい。流石は試作型XGドライバーをわざわざ無意味にベルト型のツールにした女だけはあるようだ。
「あ、ちなみに主な用途はガーランドとの通信だよ。現地まで迎えに来させたり、とにかく
そんな風に戒斗が呆れ返る中、有紀はそう説明する。
続けて彼女に「試してみたまえ」と言われるから、戒斗はそれに従いフォンコマンダーXGを起動。予め組み込まれているガーランドとの通信機能を起動しながら、普通の携帯電話のようにフォンコマンダーを左耳に当てる。
『――――私です。カイト、何か御用ですか?』
そうして応答を待つこと数秒、スピーカーから彼の声が、ガーランドの声が聞こえてくる。
まるで普通に電話しているかのようだ。あまりに当然のように彼が応答したものだから、戒斗は思わず「おお、マジで繋がった」と素の表情で驚いてしまう。
『その言い方ですと、フォンコマンダーのテストでしょうか。折角ですからスピーカーモードも試してみては如何でしょう。何かと便利ですよ』
「あ、ああ……そうだな」
こっちの状況を察したガーランドに言われるがまま、戒斗は通話をスピーカーモードに切り替える。
『さて、これで皆様にも通じているでしょうか』
そうすれば、フォンコマンダーのスピーカーから結構な音量でガーランドの声が聞こえてくる。
「わっ、ホントに聞こえた……!」
「へーえ、これ結構便利そうじゃない? タクシー代わりに呼びつけたら良いんじゃないの?」
『アンジェ、ごきげんよう。今日もお美しいですね。それと……セラ。私をそのような用途で使われては困りますから、カイトに余計なことを吹き込まないでください』
本当にガーランドの声が聞こえてきたことに、アンジェとセラが感心した様子を示し。それに対しガーランドはそれぞれ言葉を返す。アンジェに対しては妙に紳士的に、ニヤニヤとしながら言うセラには、いつも通り皮肉たっぷりな言葉で。
「…………とにかく、それがフォンコマンダーXGだ。戒斗くん、有効に使ってくれたまえよ」
と、こんな具合のガーランドの相変わらずな皮肉屋っぷりに肩を竦めつつ、有紀が言う。
それに戒斗も「あ、ああ……」と同じくガーランドに呆れ返りながら頷き、通信を強制的に閉じたフォンコマンダーXGを懐に仕舞った。
そんなやり取りが終わった後、石神はコホンと小さく咳払いをし。皆の注目を自分に集めてから、改めてこう言った。
「……伊隅飛鷹に風谷美雪、そして二人目の人工神姫……リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤ、神姫スノー・ホワイトの件も気掛かりではあるが、目下の問題はより強力になったバンディットの方だ。我々の方でも引き続き調査を進めていくが、三人とも今まで以上に気を引き締めてくれ」
この場を締めくくるような石神の言葉に、戒斗とアンジェがそれぞれ「了解だ」「分かりました」と頷き、解散の流れとなっていく中。その場に立ち尽くしたままのセラは独り、ポツリと呟いていた。
「…………フォーミュラ・プロジェクト」
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