第六章:ORBITAL MEMORIES/03
――――それから、どれほどの時間が過ぎただろうか。
数分だった気もするし、数十分だった気も。ひょっとすると数時間だった気もする。
暫くの間、静かに対面していたハバキリキャリバー。母の遺品たるそれにひとときの別れを告げると、遥は飛鷹とともに聖域たる洞窟を後にして。再び森を抜けると、廃墟と化した来栖大社の境内に戻ってきていた。
「…………」
来栖大社の境内に足を踏み入れて、少し経った頃――――二人は何かの気配を感じ取っていた。鳥肌が立つような、薄気味悪く……そして何処までも悪意に満ちた、何者かの気配を。
「……美弥、分かるか?」
「はい。三人……いえ、四人ですね」
そんな気配を感じ取れば、二人は顔色を変えぬまま、小声でそう囁き合う。
「さて、どうしたものか」
「敢えて確認するまでもない、そうでしょう?」
「フッ……そうだな、美弥」
微笑む遥と、それに小さく表情を綻ばせる飛鷹。
二人でそっと頷き合った後、飛鷹は表情をシリアスなものに塗り替えながら、境内の全域に響き渡るような張り上げた声で叫ぶ。
「居るのは分かっている、出てこい!!」
すると、飛鷹の叫び声に応じるかのように、境内の奥……木の陰から黒ずくめの男たちが音もなく姿を現した。
その数、四人。いずれもこの世のものとは思えない、およそ人間とは思えないほどの禍々しい気配を隠そうともせず、敵意を露わに遥たちの前に現れていた。
「やはりか……貴様ら、ネオ・フロンティアの刺客だな」
そんな男たちを、飛鷹がギラリと睨み付ける。
視線だけで普通の人間なら委縮してしまい、逃げ出してしまいそうなほどの圧。
しかし飛鷹のそれを前にしても、男たちは怯むことはない。
そうすれば、彼らの中心人物と思しき男――――黒いロングコートを羽織った男。肩まである長髪を垂らす、丸眼鏡を掛けた男が一歩前に歩み出れば、不敵な笑みを湛えて二人にこう宣言した。
「伊隅飛鷹、そして来栖美弥! 我らネオ・フロンティアの崇高なる悲願のため、貴様らを排除する!!」
そんな男の叫び声に呼応するかのように、丸眼鏡の男を含めた四人は一斉にその姿を変貌させた。
一瞬だけ迸る、禍々しい漆黒の閃光。
それが収まれば、四人の男たちは既に人間ではない別の姿に。この世のものとは思えないほどに禍々しく、そして不思議なぐらい優雅にも見える、そんな異形の姿に――――怪人の、バンディットの姿に変貌を遂げていた。
「特級バンディット……!!」
そんな男たちの変わり果てた姿を見て、遥が表情を険しくする。
――――特級バンディット。
秘密結社ネオ・フロンティアの首領、篠崎十兵衛……ソロモン・バンディットの近衛騎士たる、七二体から成る特別なバンディットたち。全てが通常のバンディットを凌駕する規格外の力を秘めた、まさに最強最悪の存在たる特級バンディットが……四体同時に、現れた。
その強さを、どれほどまでの強敵かを嫌というほど知っているからこそ、遥は表情を険しくしていたのだ。
「くっくっくっ……」
――――闇の騎士。
嘲笑う四体の特級バンディット。その見た目は色や細かいディティールの差異はあれど、大まかには似通っていて。その全てが禍々しく、何処か有機的ではあれど、しかし同時に中世の甲冑にも似た……そう、騎士のような風貌をしていたのだ。
それこそ、闇の騎士と喩えるのが相応しい。
そんな四体の特級バンディットたち。遥と飛鷹は知らぬことではあったが……それぞれ固有の名を有している。
ひとつひとつ並べていけば……こんな感じだ。
――――序列二一番、赤の騎士モラクス・バンディット。
赤を基調とした色合いの特級バンディットだ。頭には牛のような……それこそ遥が昨日戦った上級バンディット、ロングホーン・バンディットのものとよく似た一対の捻じれた角を生やしている。尤も、ロングホーンほど巨大なものではないが。
そんなモラクス・バンディットの武器は一対の両刃斧。手斧サイズのものを両手に握り締め、飛び掛かるチャンスを今か今かと待ち望んでいる。
――――序列二三番、茜色の騎士アイム・バンディット。
こちらは茜色をメインに配色した見た目の特級バンディットで、モラクスと異なり頭部は僅かだが蛇の意匠が見受けられる。
モラクスよりも華奢な見た目だが、油断して良い相手ではないだろう。何せ相手は、最大の強敵……篠崎十兵衛の近衛騎士たる特級バンディットなのだから。
また、アイム・バンディットの武器はクロスボウのようだ。ボウガンという言い方も出来る、要は銃弓。ライフルサイズの大きなクロスボウを携えたアイムもまた、虎視眈々と遥たちに狙いを定めていた。
――――序列二四番、黒の騎士ナベリウス・バンディット。
ナベリウスに関しては前述の二人とは一変して、黒をベースにした暗い色合いの風貌だ。頭部には三つの犬の頭を……ケルベロスを模った装飾が施されている他、先に挙げた他の二人よりも全体的に重装甲寄りの見た目をしている。
そんなナベリウスの武器は、両手の甲から生やした巨大な三本の鉤爪。見た目は重装騎士といった感じだが……こちらも油断は禁物だ。得物から見て、瞬発力に優れていると見て良いだろう。
――――序列三〇番、フォルネウス・バンディット。
これに関しては、先程遥たちに宣言したあの男。ロングコートを羽織った、肩まである長髪の丸眼鏡の男が変身した姿だ。どうやらこのフォルネウス・バンディットが、他の三人を率いる指揮官役らしい。
白を基調としたカラーリングで、全体的なフォルムはこの場の誰よりもスマートで洗練されているようにも思える。顔つきは何処か鮫のようでもあるが、奇妙なまでの美しさも感じさせる、そんな不思議な見た目の特級バンディットだ。
そんなフォルネウスの得物は、左腰に差した長剣のようだ。フォルネウス本体と同じく白をベースにした剣は、戦闘用にしては些か装飾過多にも思える見た目で。どちらかといえば儀礼用といった趣だが……侮っていい理由にはならない。フォルネウスは間違いなく、この場に居る四体の特級バンディットの中で最も厄介な敵に間違いないのだから。
「篠崎十兵衛の近衛騎士たる七二柱が、一気に四人もか……面白い!!」
そんな四体の特級バンディットを前にしても、飛鷹は臆することなく。不敵な笑みを湛えれば、闘志を滲ませた声でそう言う。
「でも飛鷹、これは私たちが……」
「そうだな。この四人全員が、かつて私たち桜花戦乙女同盟が倒した特級バンディットだ」
戸惑いがちに呟く遥に飛鷹はそう返した後、
「恐らく、別の適合者を探し出して復活させただろう」
と、続けて遥にそうも言ってみせた。
「だが……私とお前ならやれるさ。そうだろう?」
ニヤリとしながら飛鷹の紡ぐ更なる言葉に、遥は「はい」と頷き返す。
「だって、私たちは――――」
「――――無敵の双翼、だったな……!!」
自分たち二人を取り囲む四体の強敵、特級バンディットを前に、しかし遥も飛鷹も決して怯むことはなく。遥は右手を胸の前に、飛鷹は両腕を広げ、身体の前で拳と拳を叩き付けて。それぞれ固有の構えを取れば、神姫の証たるガントレットを手の甲に出現させる。
――――右手の甲、青と白のセイレーン・ブレス。
――――両手の甲、赤と黒のラファール・チェンジャー。
遥は短い閃光とともに、飛鷹は叩き付けた拳の間に火花を散らせ、舞い踊る深紅の焔とともにガントレットを出現させる。
そうすれば、並び立つ二人は同時に構えを取る。大いなる
「ハァァ……ッ!!」
遥は斜めに広げた両腕を時計回りに回しながら、深く気を練るように深呼吸をしつつ……左手を腰位置に引くのと同時に、右手をバッと斜め前に突き出す。手の甲を表側に、セイレーン・ブレスを見せつけるかのように。
「行くぞぉっ!!」
飛鷹は叫ぶとともに激突させた拳と拳を放し、勢いを付けて腕ごと上半身を大きく左に振り、その勢いのまま身体を右にバッと振り返し……拳を握り締めた左腕を、身体の前で斜めに構えた。
「――――チェンジ・セイレーン!!」
「――――剛烈転身、ラファール!!」
そうすれば、重なり合う二人の叫び声とともに、間宮遥と伊隅飛鷹の身体を神姫装甲が包み込む。
遥の身体には、目も眩むような激しい閃光とともに蒼と白の神姫装甲が現れて。飛鷹は竜巻のような紅蓮の焔に身体を包まれると、纏わりつく焔が赤と黒の神姫装甲へと変わっていく。
そんな風に遥の身体を眩い閃光が包み込み、飛鷹の身体を紅蓮の焔が包み込んだのも、ほんの一瞬のこと。やがて閃光が収まり、燃え盛る真っ赤な焔が晴れれば、陽炎の中から姿を現したのは――――二人の、気高き神姫たちだった。
――――運命と絆に導かれし青の乙女、神姫ウィスタリア・セイレーン。
――――正義の拳を振るいし剛烈の乙女、神姫クリムゾン・ラファール。
揺れる陽炎の中から現れた遥と飛鷹、二人の乙女は神姫の姿へと変身を遂げれば、二人横並びになって眼前の強敵と相対する。
「さあ来い! 天竜活心拳、この伊隅飛鷹が相手になってやるッ!!」
「何度蘇ろうと、私たちが倒してみせる! ……行きましょう、飛鷹!!」
「ああ、美弥! ……行くぞぉっ!!」
「来るがいい、愚かな神姫どもよ! 今日という日が……貴様らの最後だぁっ!!」
「貴様たちのような邪悪の化身に負けはしない! 我ら桜花戦乙女同盟の誇りと、そして――――」
「――――私たちの繋いだ、この絆に賭けてっ!!」
恐れることなく飛び込む二人の乙女と、それを迎え撃つ四体の闇の近衛騎士たち。
神姫ウィスタリア・セイレーンとクリムゾン・ラファール、そして四体の特級バンディットとの激戦の火蓋が今、切って落とされた――――――。
(第六章『ORBITAL MEMORIES』了)
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