第五章:HUNTING TIME

 第五章:HUNTING TIME



 ――――篠崎邸。

 人里離れた場所に建つ、広大な敷地を有する洋館。その屋敷の大広間では、今日も今日とて秘密結社ネオ・フロンティアの幹部たる篠崎家の面々が揃っていた。

 篠崎しのざき十兵衛じゅうべえ篠崎しのざき香菜かな、そして……篠崎しのざき潤一郎じゅんいちろう

 十兵衛だけが長テーブルの誕生日席に腰掛けていて、他二人は立っている。また潤一郎の傍らには、翡翠ひすいまことの姿も……ネオ・フロンティアに囚われ、そして人工神姫として改造された彼女の姿もあった。

「――――先刻、評価試験の為に放流していた五体の上級バンディット、その全てが殲滅されてしまいましたわ」

「……香菜や、それはどういうことだね?」

 淡々とした口調で告げる香菜の報告に、十兵衛が怪訝そうな顔で首を傾げる。

 それに対し、香菜は「ウィスタリア・セイレーンの仕業ですわ」と答え、背にした壁にあるスクリーンに、画像を……リナシメントフォームの彼女の、神姫ウィスタリア・セイレーンの……間宮遥の姿を写した画像を映し出す。

 そんな遥の姿を目にすれば、十兵衛は納得しつつも、やはり怪訝そうに首を傾げる。

「この姿……もしや彼奴あやつ、記憶が戻ったとでも?」

「あの街に現れた以上、可能性はありますわ」

 首を傾げる十兵衛に答えた後、香菜はこうも説明を続けた。

「以前に接触した段階では、お爺様にもご報告致しました通り、記憶喪失の疑いがありましたが……しかしこの様子を見る限り、今のセイレーンは完全に過去の記憶を取り戻していると思われますわ」

 その説明に十兵衛は「ふむ……」と唸り、

「確か香菜の報告だと、以前は多少の弱体化の傾向が見られていたそうだね?」

 と、孫娘に質問する。

「ええ。元々強い神姫ではありますが……しかし以前の状態では、とてもではありませんが、五体の上級バンディットを相手にこうも優位に立ち回れるほどではありませんでしたわ」

「だとすれば、やはり記憶が戻っているか……」

「ほぼ間違いないかと思われますわ」

「して香菜、どう対処するつもりなのかね?」

 納得したように独りで頷き、そして状況を整理した後。十兵衛は香菜に対してそう、遥に対する……記憶を取り戻したと思われるウィスタリア・セイレーンの対処をどうするのか、改めて問うていた。

 それに対し香菜はニッコリと笑むと、祖父の問いにこう答えてみせる。質問の意味も込めた、こんな言葉で。

「お爺様の近衛騎士、特級バンディットの使役を許可して頂きたいのですの」

「……姉さん、本気でセイレーンを狩るつもりだね?」

 香菜の言葉を聞き、ニヤリとする潤一郎。

 すると香菜はいつものように不機嫌な態度を取らず、今まで通りの平常な声のトーンのままで「ええ」と潤一郎に頷き返した。

「プロトアルビオンも、グラファイト・フラッシュも調整中な現在、今のセイレーンとマトモに渡り合えるのは彼らを置いて他に居ませんわ」

 続く彼女の言葉に、十兵衛は「ふむ」と暫く思案した後「構わんよ」と笑顔で香菜の提案を認めた。

「ありがとうございますわ、お爺様」

「実際、今のセイレーンを捨て置くワケにはいかんよ。P.C.C.Sまでもが強大な力を手に入れた今、危険の芽は早めに摘むに越したことはない。香菜が言わずとも、私から提案していたやも知れぬよ」

 ゴスロリ風の黒いワンピース、その裾を摘まみながらペコリとお辞儀をする香菜。

 それに十兵衛はニッコリと微笑んでそう言うと、直後に表情をシリアスなものに変え、香菜にこう続けて言った。

「…………モラクス、アイム、ナベリウス。それにフォルネウスを使いたまえ。指揮はフォルネウスに執らせればよい」

「四人も、ですかお爺様?」

 ――――篠崎十兵衛、ソロモン・バンディットの近衛たる強力な守護騎士・特級バンディット。

 一人でも常軌を逸した強さを誇る特級を、ただでさえ貴重な特級バンディットを、一気に四人もまとめて投入する。

 その予想外の数にきょとんとして戸惑う香菜に、十兵衛は「うむ」と神妙な顔で頷き返す。

「奴の記憶が戻ったとなれば、恐らくクリムゾン・ラファールも何かしらの形で接触し、奴と合流していると見るべきだ。ともなれば、四人ぐらいは必要だろう? 何せ相手は我が近衛騎士、七二柱の内の八割を殲滅せしめた相手だ。仮にラファールが合流していなければ、それはそれで僥倖ぎょうこうというもの。念には念を入れて、ということだよ香菜」

「そういうことでしたら……畏まりましたわお爺様。仰せの通り、指揮はフォルネウスに執らせます」

「うむ、頼むよ香菜」

 再びペコリとうやうやしくお辞儀をする香菜と、それに笑顔で答える誕生日席の十兵衛。

 祖父と姉、そんな二人の会話を少し遠巻きに眺めながら、真と横並びになって立つ潤一郎は「何だか難しい話になってきたな。僕の出る幕じゃなさそうだ」と肩を竦めていて。そして、その隣の真といえば――――――。

「………………ウィスタリア・セイレーン」

 光の消えた瞳で、焦点の合わない瞳で。ただスクリーンに映る彼女の姿を……ウィスタリア・セイレーンの姿を見つめていた。





(第五章『HUNTING TIME』了)

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