第四章:LOST UNION/02

「…………さて、どこから話したものか」

 右手に持った箸を動かし、遥が作ってくれた夕飯を口に運びながら、飛鷹がそう言って話を切り出す。

「では、あの後の……私を逃がしてくれた、その後のことから話してください」

 それに対して遥がそう言うから、飛鷹は「分かった」と頷き了承し、話を始める。

「あの後――――今から一年半前、ネオ・フロンティアとの決戦でお前を逃がした後、私だけはどうにかこうにか生き延びた。手傷は受けたが……それでも、私だけは幸か不幸か助かったんだ」

 と言って、飛鷹は右眼の刀傷をそっと指で撫でる。

 すると、横で二人の話を黙って聞いていた美雪は、そんな飛鷹の傷跡を見つめながら「でも師匠、神姫の力なら……私たちの治癒能力なら、傷跡は消せますよね? なのに、どうして残って……」と、きょとんとした顔で問う。

「簡単に言えば、私自身への戒めのようなものだ」

 そうすれば、飛鷹はそう言って弟子の疑問に答えた。

「確かに私たち神姫の力があれば、この程度の傷は簡単に消える。だが……私は自戒の意味も込めて、この傷を残しているんだ。篠崎隼人に……バエル・バンディットに付けられた、この傷を」

「……そう、でしたか。ごめんなさい師匠、余計なことを訊いてしまって」

 申し訳なさそうにうつむく美雪に、飛鷹は「何、構わんさこれぐらい」と言って、隣に座る彼女の頭にポンっと手を置き。そうすれば、気にするなと言わんばかりに彼女の頭を優しく撫でた。

 ――――神姫の有する人並外れた治癒能力なら、この程度の傷は簡単に消せる。

 今まさに飛鷹が言った通りだ。神姫は人間の枠を飛び越えた、超常の力を有した存在。その神姫が有する自然治癒の能力もまた、常人のそれとは比べものにならないほどだ。

 言ってしまえば、どんな傷だろうと跡もなく治ってしまう。それも、ごく短時間で。

 飛鷹の右眼にある刀傷も例外ではない。だが、何故か彼女の右眼には傷跡が刻まれたまま残っている。

 それを今更ながらに不思議に思い、美雪は不躾ぶしつけと思いながらも師に問うてみたのだが……その答えこそ、自戒なのだ。

 ――――自分たちが秘密結社ネオ・フロンティアに負け、そして掛け替えのない仲間たちを喪ってしまったこと。

 その事実を忘れないための、自戒。だからこそ飛鷹は敢えて右眼の傷跡を消さず、今日までそのまま残しているのだった。

 ――――閑話休題。

「……少し、話が逸れ過ぎたな」

 飛鷹は一呼吸を置いた後、そう言って話の流れを元の方向に戻した。

「お前と別れ、生き残った私は……傷を癒した後、世界のあちこちを旅して回っていたんだ」

「旅……ですか?」

 首を傾げる遥に飛鷹は「ああ」と頷き、

「お前も知っての通り、秘密結社ネオ・フロンティアは世界規模の勢力を有する影の組織だ。私はその勢いを削ぐべく、世界中で奴らの企みをひとつずつ潰して回っていたんだ」

「……今日までの一年半、飛鷹はたった独りで、ずっと…………」

「色々と苦労はあったさ。だが、得るものは多かった。奴らが水面下で進めている計画、かつての私たちが知らなかった事実。色んなものを私は見て、そして知った」

 それに――――――。

「――――それに、一人旅というのも案外悪くない。戦うための旅ではあったが、何だかんだ楽しんでもいたさ」

 フッと小さく笑い、遠い目をして呟く飛鷹。

 そんな彼女を見つめながら、遥は「そうですか」と呟き。飛鷹と同じように、彼女もまた微かな微笑みを浮かべていた。

「……で、だ。数ヶ月前、私が偶然日本に戻ってきていたタイミングで、たまたま美雪と出くわしてな。美雪を拾って、こうして弟子にしたというワケだ」

「あの時――――皆が殺されてしまったあの日、神姫の力に目覚めた私は、ワケも分からず彷徨っていました。そこを師匠に助けて頂いて、拾って頂いて……今ではこうして弟子にまで。師匠には感謝してもし切れません、本当に」

 続けて飛鷹が説明し、その後で美雪もそう言う。妙に照れくさそうに、何故か頬まで朱色に染めながら。

 そんな美雪に「私は大したことはしていない」と飛鷹が言えば、美雪は「そ、そんなことっ!」と、少し強めの語気で反応する。

「師匠に助けて頂かなかったら、私はきっと……生きてはいません。私は師匠に救われたんです。ですから……そんなこと、言わないでください」

「……そうか。こんな私でも、まだ誰かを救えるのか…………」

 フッと笑んで呟く飛鷹の言葉の意味。それを美雪は――――伊隅飛鷹の過去を伝聞でしか知らぬ彼女は、本質的な意味では理解できなくて。そんな美雪が「師匠……?」と飛鷹を見つめる傍ら、遥は「……良かったです、本当に」と、やはり遠い目をして呟いていた。

 ――――伊隅飛鷹と共に戦い、ひとつの悲劇的な結末に至った当事者であるが故に。この場で遥だけは、飛鷹の言葉の意味を本質的に理解できていたのだった。

「美雪さんの件は、私も戒斗さんやアンジェさんから伺っています。……本当に、良かったです。美雪さんが飛鷹と出会えていて」

 そんな風に呟く遥が、コバルトブルーの瞳で飛鷹と美雪を交互に見つめる中。飛鷹はそんな彼女に「ところで、美弥は今までどうしていたんだ?」と問いかける。

 そうすれば、遥は「えっと、どこから話すべきでしょうか……」と若干戸惑いながらも、今までのことは……今度は自分が今日までどうしてきたのかを、飛鷹たちにポツリポツリと話し始めた。

 一年半前、店の前で倒れたところを戒斗とアンジェに助けられ、記憶を失ってから――――今日までに至るまでの話を、全て。

「…………そうか」

 ――――遥の口から語られた、今日までの物語。

 その話を聞き終えた後、飛鷹は短く呟きながら、深く頷いていた。

「良かったな、良いヒトたちに拾われたみたいで」

 すると、次に飛鷹の口から飛び出してきたのは、そんな心からの安堵を滲ませた一言だった。

「……ええ、本当に。戒斗さんやアンジェさんたちには、感謝してもし切れません」

「なあ美弥、そこが今のお前にとっての居場所……なのか?」

 飛鷹の問いかけを、遥はコクリと頷くことで静かに肯定する。

「今の私は、飛鷹の知る来栖美弥であると同時に……間宮遥でもあるんです。ですから、今の私の居場所は……戒斗さんやアンジェさんたちの隣なんです」

 続けて遥がそう言えば、飛鷹はただ一言「そうか」とだけ言って頷いていた。

「お前がそう言うのなら、私は止めはしない。それがお前の選んだ道なら……きっと、それが正しい選択なんだろう」

「……ありがとうございます、飛鷹」

 安堵に小さく肩を揺らす飛鷹と、そんな彼女を見つめる遥。

 共に生き、そして共に戦い抜いてきた親友二人。そんな二人が互いの意図を交わし合うのに、多くの言葉は必要ない。遥も飛鷹も、視線だけでお互いの心を伝え合っていた。

「…………?」

 遥と飛鷹、二人がそんな会話と視線を交わし合っている中、独り蚊帳の外気味だった美雪は話の意味があまり掴めないまま、不思議そうにきょとんと首を傾げる。

 そんな彼女に気付いた飛鷹は「そういえば、あまり詳しいことをお前には話していなかったな」と言い、今度は美雪に対して、自分たちの昔話を語り始めた。遥とともに、遠い遠い、自分たちの過去の話を――――――。

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