第五章:遠き過去は蒼き忘却の彼方に

 第五章:遠き過去は蒼き忘却の彼方に



 戦闘が終わったオープンモール。暴虐の限りを尽くしていたサイ怪人は消え、ただその残滓たる紅蓮の焔だけが燃え盛る中。飛鷹は神姫への変身状態を解くと、同じく変身を解いた美雪に「行くぞ」とだけ呟き、彼女とともに歩き去って行ってしまう。

「……あのっ!」

 遠ざかっていく、伊隅飛鷹の背中。

 そんな彼女の背中に向かって、ただ独りウィスタリア・セイレーンへの変身を保ったままの遥が声を掛ける。去って行こうとする彼女を、呼び止めるかのように。

「…………なんだ、美弥」

 呼び止められた飛鷹は立ち止まり、小さく遥の方を振り返る。

 遥はそんな彼女と、彼女のサファイアの瞳と……自分のコバルトブルーの瞳とで視線を交わし合いながら。遥は立ち止まった彼女にこう問うていた。

「私は……私は、一体どこの誰なのですか!? 知っているのでしょう、貴女なら! どうか……どうか、教えてください!! 本当の私を、私が何者なのかをっ!!」

 間宮遥の、自身の過去を見失った青の乙女の切実なる思い。

 しかし、そんな彼女に対する飛鷹の答えといえば――――。

「残念だが、私はお前に話すべき答えを持ち合わせてはいない」

 スッと眼を細めながら首を横に振って呟いた、そんな一言だった。

「そんな……っ!!」

「私は思うんだ。お前が過去の記憶を忘れているのは、その必要があったからだと。お前が未だ思い出せていないのは、今はまだ思い出す時ではないからだと。……故に美弥、時が来れば自ずと分かるはずだ。お前がどういう人間で、何のために戦っていたのかが」

「……でも、私は知りたいんです! 私が……本当の私が、何者なのかをっ!!」

 訴えかけるような、遥の切実な叫び。

 そんな遥の言葉に対し、飛鷹はクスっと……懐かしむように、少し嬉しそうに笑い。そして遥にこう告げる。

「…………では、ひとつだけ教えてやろう」

「っ!」

「お前は、お前のままだった。今のお前も、昔の美弥も……何も変わらない。お前は昔も今も、心優しい女の子のままだ。……だから私は、今日も安心してお前に背中を預けられた。これだけは、事実だ」

 それだけを告げて、飛鷹は今度こそ遥の前から去って行った。

 振り向かずに、懐から取り出したハーモニカを吹きながら、何処か哀しげなメロディを奏でながら……飛鷹は歩き去って行く。

 そんな彼女の後を追い、美雪も歩き出すが――――途中で少しだけ立ち止まると、振り返って遥の顔を見る。

「……来栖美弥。私は、必ず貴女を超えてみせる」

 翠色の瞳から鋭い視線を向けながら遥にそれだけを言うと、美雪もまた先を行く自らの師匠、飛鷹の後を追って去って行った。

「……昔の私も、今の私も。どちらも何も変わらない、私のまま…………」

 独りその場に遺された遥は、頭の片隅に小さな鋭い頭痛を覚えながら……飛鷹が残した言葉を噛み締め。暫くの間、そこに立ち尽くしたままだった。





(第五章『遠き過去は蒼き忘却の彼方に』了)

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