第一章:刹那、尊き日々の残影/04

「邪魔するよ」

 見慣れないコルベットから降りてきた有紀が、そのまま店の戸を潜って純喫茶『ノワール・エンフォーサー』の店内へと足を踏み入れてくる。

「げっ!?」

 カランコロンとベルが鳴る中、白衣を翻す有紀が普段のように勝手知ったる顔で店の中に入ってくると。すると振り返ったセラが、彼女の顔を見て露骨に嫌そうな顔をした。

「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないか……」

 とすると、有紀はそんなセラの反応に……肩を落とし、割と残念そうな反応で返していた。

 そうしてセラに肩を落とした後、有紀はそのままカウンター席に……セラたちと一緒になって座っていた戒斗、その真隣の位置にサッと腰掛けた。案内されるでもなく、全て分かっていると言わんばかりの顔で。

「有紀さん、いらっしゃいませ。今日もいつも通りで大丈夫ですか?」

「やあ遥くん、今日も君は綺麗だね。同性ながら、君の美しさには毎度ため息が漏れてしまうよ」

「ふふっ、ありがとうございます」

「礼を言いたいのは私の方さ、君の笑顔にはいつも元気を貰っているからね。……さて注文だが、お察しの通りいつもので頼むよ」

「分かりました。珈琲に……後はカツサンドが三つですね。畏まりました、少々お待ちください」

 注文を取りに来た遥が有紀と数言交わした後、ニコリと微笑んで店の奥へと消えていく。

 そうして有紀が遥に注文をした後、戒斗はニヤニヤしつつ有紀の方に視線を流し、彼女をこんな風に茶化してみた。

「んだよ先生、遂に観念して新車に乗り換えたってか?」

 無論、彼の言う新車というのは表に停まっている、蒼いC8コルベットのことだ。

 遂に年代物のC3型から乗り換えたかと思い、戒斗は冗談交じりに茶化したのだが。しかし有紀は「そんなんじゃないよ」と戒斗の言葉を否定し、

「スペシャルチューンのカスタムカーなんだ。色々と事情があって、暫くは私が面倒を見ることになってね」

 続けてそう、C8コルベットに乗ってきた理由を説明してくれた。

「別に元のC3コルベットを手放したワケじゃあないよ、アレは私の宝物だ」

 その後で有紀は言うと、やれやれといった調子で肩を竦めてみせる。

 戒斗はそんな彼女に「なんだ、そういうことか」と返すと。真がセラとの会話に夢中になっているのを横目に確認しつつ……さりげなく有紀の方に顔を近づけ。こっそりと小声でこう問いかけてみる。

「…………ひょっとして、P.C.C.Sの関係か?」

 その問いに有紀は、胸ポケットから取り出して口に咥えたアメリカン・スピリット銘柄の煙草にジッポーで火を付けつつ、

「ご明察」

 と、短く頷き返してみせた。

 ――――やはり、か。

 無精の有紀がわざわざ他人の車を預かるとは考えにくい。とすればP.C.C.Sの関係かと思って戒斗は問うてみたのだが……どうやら、予想通りらしい。あのステルス戦闘機のような蒼いC8コルベット、どうやらP.C.C.Sが関わっているスーパーマシーンのようだ。

 とすれば、中身は普通のC8コルベットとは別物と考えるべきだろう。見た目はイカしたアメ車でも……その奥に何を隠しているか、分かったものではない。

「なぁなぁ、そっちのヒトも戒斗たちの知り合いなんだろ?」

 そうして有紀が頷き返し、戒斗が納得した頃。そんな二人に真が声を掛けてきた。

 どうやら彼女、有紀のことが気になるらしい。

 いつも通りの人懐っこい笑顔で真が声を掛けてくると、そんな彼女の方に横目の視線を流し……普段と変わらぬニヒルな表情を浮かべながら、有紀は短くこう名乗ってみせた。

「私かい? 私は篠宮有紀という者だ。見ての通りの研究者でね、この店には戒斗くんやアンジェくんが子供の頃から世話になっているんだ」

 無論、P.C.C.S関連の事情は隠した形で、だ。表向きの顔で、表向きの肩書きを並べるように有紀は真にそう名乗っていた。

「へえ、ってことは常連さんなんだ」

「ま、そうなるね。そういう君は……なるほど、戒斗くんたちのお友達というワケかい」

「そそ、そゆこと。アタシは翡翠真、有紀さんもよろしくな」

「ふっ……よろしく頼むよ、真くん」

 そうして有紀と真がお互いに短い自己紹介を終えた頃、遥が「お待たせしました」と言って珈琲とサンドイッチのセットを届けてくれていた。

「ありがとう、遥くん。さてさて、お待ちかねだ……」

 届けてくれた遥に短い礼を言いつつ、有紀は待ってましたと言わんばかりにコーヒーカップに手を付ける。

 どうやら有紀、よっぽど楽しみだったらしい。毎度のことだから戒斗たちも慣れたものだが……この顔、冗談でも皮肉でもなく本気で待ち侘びていた顔だ。いつもいつも口を開けば皮肉が飛び出してくる彼女だが、こういう時は子供みたいに無邪気な一面を見せたりする。

「――――そうだ!」

 そうして有紀が珈琲に軽く口を付け、お待ちかねのカツサンドに齧り付いた頃。真は何かを突然思い立ったらしく、大声を上げながらガタンと席から立ち上がった。

 そんな真の突然の行動に、カツサンドを咥えたままな有紀も含めた皆がきょとんとしていると。すると真はカウンターの上……隅の方に置いていた自前のカメラバッグに手を伸ばせば、そこから自分のデジタル一眼レフカメラを取り出した。

 ニコン・D850のデジタル一眼レフカメラだ。名門ニコン社製らしくタフなカメラで、プロ志望の真らしいチョイスといえる。

 そんなカメラを取り出した真を見つめながら、皆でまた首を傾げていると……ニヤリとした真は、皆に対してこんな提案を投げ掛けてきた。

「折角だからさ、皆の写真、アタシに撮らせてくれよ」

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