第五章:CROSSING BLADES

 第五章:CROSSING BLADES



「でりゃぁぁぁ――――っ!!」

「はっ……!!」

 美雪の振り上げた脚と、遥の構えた聖剣ウィスタリア・エッジとが再び斬り結ぶ。

 一度だけじゃない、何度も何度も何度も。美雪は脚を振り上げては引き、身体を回転させつつもう片方の脚で高く鋭い蹴りを繰り出し。それを遥は一撃ずつ丁寧にウィスタリア・エッジで受け止め、隙を見て反撃の一閃を美雪へと見舞っていく。

 そんな風に遥が繰り出す反撃を、美雪は緑と白の神姫装甲から火花を散らしつつも……しかし上手く受け流し、ダメージを最小限に抑え。自分も負けじと、遥に鋭い蹴りを一発、二発と喰らわせる。

 遥も遥で上手い具合に美雪の蹴り、その衝撃を受け流して更なる反撃の一手を繰り出す。

 そんな風に二人は、間宮遥と風谷美雪……ウィスタリア・セイレーンとジェイド・タイフーンは一進一退の攻防を繰り返していた。

(……一撃一撃が重い。流石は師匠の戦友ということか。ネオ・フロンティアと長きに渡って戦い続けてきた歴戦の猛者、やっぱり伊達じゃない)

 細身な長剣と、長く華奢な両脚。互いに熾烈な攻防を繰り広げる中で……その竜巻が如き猛烈な連続攻撃とは裏腹に、美雪の心は冷静そのもので。猛攻の中、じっくりと相手のことを分析していた。

(普通の相手なら、今の状態でも十分に戦える……ううん、もうとっくに勝負は付いているはず)

 でも――――。

(でも、相手はあの来栖美弥……師匠の戦友だ。あの剣を相手に素手で戦い続けるのは……流石に不利が過ぎるかな)

 そう思うと、美雪は最後に強烈な一撃を遥に、彼女の構えた聖剣ウィスタリア・エッジの刀身に叩き込むと、その反動を利用してバッと一気に後方へ飛ぶ。

 後ろに飛んで大きく間合いを取った美雪は、その場でサッと構えを取る。

「ふっ……!」

 気を練るような短くも深い呼吸の後、彼女の構えた右手……その周囲の空間が一瞬ぐにゃりと歪み。そうすれば次の瞬間にはもう、美雪の右手は武器のつかを握り締めていた。

 ――――『サイクロンエッジ』。

 見てくれはまさに小太刀、つまりは短い日本刀のような物だ。僅かに反った片刃の刀身に、刃先に浮かぶ波紋と円形のつば。見てくれは本当に日本刀そのもの、見たまま小太刀といった感じの得物だ。

 どうやら、これが美雪の……神姫ジェイド・タイフーンの武器らしい。

 美雪はそのサイクロンエッジを虚空から出現させると、右手に逆手持ちの格好で構えたそれを振りかぶり……タンッと地を蹴って、また遥に飛びかかってくる。

「ふっ! はっ!! タリャァァァッ!!」

「くっ……!?」

 横薙ぎに振るう美雪のサイクロンエッジと、遥が防御の為に構えた聖剣ウィスタリア・エッジとが斬り結ぶ。

 甲高い音を立ててサイクロンエッジの刃とウィスタリア・エッジの刀身が衝突した瞬間、遥は剣のつかを握る右手に確かな衝撃を感じ取っていた。

 かなりの衝撃だ。相応に研ぎ澄まされた斬撃を受けなければ感じ得ない、そんな確かな手応え。どうやら風谷美雪は徒手格闘戦だけじゃない、刀での戦いにも熟達した神姫のようだ……!

「っ――――!!」

 美雪の右手、握り締めたサイクロンエッジから繰り出される嵐のような猛攻。

 遥はそれを一撃ずつ丁寧に受け止めつつ、やはり隙を見て美雪へと斬撃を叩き込んでいく。

(戒斗さんたちのこともあります。早めに決着を付けるべきでしょうね)

 そうして十回、二〇回、三〇回……と何度も斬り結ぶ中、遥は聖剣ウィスタリア・エッジを振るい……反撃の一閃で美雪が隙を晒したところで、突然バッと後ろに飛んだ。

 美雪と大きく距離を取ると、着地した遥はそのまま右手のウィスタリア・エッジを投げ捨てて。そうすれば遥は右手を小さく掲げると……手首のセイレーン・ブレス、その下部にある大きなエレメント・クリスタルを金色に輝かせた。

 瞬間、彼女の身体が一瞬だけ空間ごとぐにゃりと歪む。

 すると――――瞬きをする間にはもう、遥の姿は別の形態へと変わっていた。

 ――――ライトニングフォーム。

 白に金色の差し色が入った鋭角な神姫装甲で右腕を包み込み、右眼は金色に変色し……右の前髪にも金のメッシュが入ったその姿は、彼女の第二の姿。飛び道具を用いて戦う、神姫ウィスタリア・セイレーンの遠距離特化形態だった。

 そんな姿にフォームチェンジした彼女はスッと右手を天に掲げ、すると歪んだ虚空より出現した銃把を迷いなく掴み取る。

「参りましょう……」

 遥は虚空より呼び出した己が得物――――大型拳銃型の武器、聖銃ライトニング・マグナム。彼女はそれを右手で構えると、金に変色した右の瞳で狙いを定めながら、冷えた声音で美雪にそう呟く。

 呟きながら、遥は一切の容赦無くライトニング・マグナムの引鉄を絞っていた。

「っ……!」

 ライトニング・マグナムの銃口から放たれる、稲妻のような眩い光弾。

 それに対し、美雪は自分のサイクロンエッジで斬り払ってしまおうかと一瞬考えたが……しかし尋常でない威力を肌で感じ取ると、即座に回避行動を選択。その場から横っ飛びに大きく飛び退くことで、美雪は遥の放った光弾を回避する。

 だが遥の攻撃はそれだけでは終わらない。二発、三発と連続して引鉄を引けば、撃ち放つ光弾で着実に美雪を追い詰めていく。

 そうしてライトニング・マグナムを撃ちながら、遥は後ろにじりじりと下がっていた。

 この状況下、美雪との間合いをどれだけ長く保てるかが優位に立ち回る鍵だ。彼女が飛び道具の類を持っていないとは限らないから、まだまだ油断は禁物だが……しかし現状、ライトニング・マグナムを有している遥の方が圧倒的に有利な状況にある。

 実際、今の美雪は回避に徹するだけで、遥との距離を中々詰められないでいた。

 油断をして良い状況ではないが……しかし、このまま距離を保ちつつ一方的な戦いを続ければ、いずれはこの勝負にも決着が付くだろう。多少は痛い目に遭ってもらう必要はあるだろうが……それでも、この無益にも思える戦いは終わってくれる。

 そう思いながら、遥は少しずつ後退して距離を取りつつ、ライトニング・マグナムの連射で美雪を追い詰めていった。

「遠くに行っちゃうなんて、連れないじゃないですか……!」

 何発も連続して飛来するライトニング・マグナムの光弾、それを身軽に避けながらで美雪が遥に言う。何処か冗談っぽく、皮肉げな調子で。

「申し訳ありませんが、真正面からお付き合いする気にもなれませんので」

 それに対し、遥はあくまで冷静さを保った声音で呟き返す。

「そっちがその気なら……!!」

 美雪はそんな彼女を睨み返すと、左手を背中の方に回し――――とすれば、唐突に何かを遥目掛けて投げつけてきた。

(これは……手裏剣!?)

 サッと閃いた美雪の左手から投擲されたのは、十字手裏剣だった。

 そう、手裏剣だ。ニンジャの投げるアレ……と、説明するまでもないか。まさにその手裏剣が、遥目掛けて飛んできていたのだ。

 遥は美雪の投げたそんな手裏剣を目の当たりにして、一瞬だけ戸惑ったが……しかしすぐさま冷静さを取り戻すと、タンッと軽く飛び退いて避けてみせる。

 そうして遥が避けてみせると、今の今まで彼女が立っていた辺り……アスファルトの地面に、美雪が投げた十字手裏剣が深々と突き刺さった。

「こんなものまで……!」

 つい数瞬前まで自分が立っていた地面に突き刺さった、美雪の十字手裏剣。それにチラリと視線をやりながら、遥が舌を巻く。

 やはり、油断しなくて良かった。何かしらの隠し球を美雪が隠していると思っていたが……まさか、手裏剣だったとは。

「逃がすか、ウィスタリア・セイレーンッ!!」

 そんな風に遥が避けている間にも、美雪は今が好機と言わんばかりに距離を詰めてきていて。遥に向かって全速力で走りながら、更に四枚の手裏剣を一度に投げてくる。

「ハッ……!」

 飛来する四枚の手裏剣に対し、遥は迎撃を選択。素早く閃いた右手で瞬時に狙いを定めると、ライトニング・マグナムを四連射。撃ち放った光弾で以て、美雪の十字手裏剣を四枚全て空中で撃ち落としてみせる。

 だが――――そうして遥が手裏剣を迎撃している間にも、美雪はその間合いを極限まで詰めていた。

「とうッ!!」

「っ……!!」

 遥の懐に飛び込んできた美雪がサイクロンエッジを振るい、それに対して遥は咄嗟にライトニング・マグナムを彼女に向ける。

「――――!!」

 間宮遥と風谷美雪、ウィスタリア・セイレーンとジェイド・タイフーン。

 二人の神姫、どちらに勝敗が傾いてもおかしくない状況。美雪がサイクロンエッジを振るう速度も、遥がライトニング・マグナムを構える速度も、どちらも互角の速さだった。

 だが――――意外なことに、勝負が決まることはなく。美雪は逆手に握り締めたサイクロンエッジの刃を遥の首元に、遥は右手のライトニング・マグナムの銃口を美雪の眉間に。互いの得物を至近距離から突き付け合いながら……しかし二人とも、直前で動きを止めていた。

 いわゆるメキシカン・スタンドオフに近い状況だ。遥も美雪も、互いに互いの得物を突き付け合ったまま、そのままの状態で静止していた。

「……流石に、師匠が認めただけのことはありますね」

 そんな風に互いの武器を突き付け合う状況下、至近距離で睨み合いながら……美雪は呟き、不敵な笑みを浮かべてみせる。

「退いてください、私は貴女を撃ちたくない」

 それに対し、遥はやはり冷静さを保ったままの顔で美雪に呟き返す。

 すると、美雪は「…………良いでしょう」と呟きながら、意外にも自分から武器を収めてみせた。

「向こうも一応の決着は付いたようですし、今日はこの辺りにしておきます」

 右手のサイクロンエッジを放り捨てながら、それが緑色の光の粒となって霧散していくのを横目に見つめながら……美雪はそう、遥に対して告げる。

「ですが、覚えておいてください。私は必ず貴女を超える。ウィスタリア・セイレーン……いえ、来栖美弥。師匠が認めた貴女を、必ず私は超えてみせる」

 続けて美雪は遥の顔を見上げながら、最後に捨て台詞を吐き捨てて……変身を解除。白いスカーフを靡かせながら、遠くに停めた自分のバイクの方へと歩き去って行く。

 RGV250Γガンマのバイクに跨がり、走り去っていく彼女の背中。遠ざかっていく風谷美雪の背中を見送りながら……遥もまた変身を解除する。

「…………」

 変身を解除した遥は、自分の右の手のひらを見つめながら。神妙な面持ちでボソリ、とひとりごちていた。

「伊隅飛鷹、それに来栖美弥……私は、一体…………?」





(第五章『CROSSING BLADES』了)

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