第三章:郷愁は紅蓮の彼方に/05

 ダイナーで昼食を摂り終えた二人は、そのままさっきと同じように行くアテもなくチャージャーであちこちを走り回っていた。

 大半はセラが運転する傍ら、車の中で他愛のない話を交わす感じのドライブ。とはいえ何処にも行かないワケではなく、時にはパッと目に付いた店に突然入ってみたりだとか、そんな風にして日中は過ごしていた。

 そうしてあちこちを走り回っている内に、気付けば日没の時刻を過ぎていた。

「ふぅ……っ」

 そんな日没の頃合い、港湾地区の工業地帯。その岸壁近くに停めたチャージャーの黒いフロントフェンダー辺りに寄りかかりながら、セラは遠くの景色を眺めていた。

 静かに凪ぐ内海と、遠くに見える化学工場の輪郭。もう陽は殆ど西の彼方に没しているから、空の色は薄暗い。夜闇が侵蝕し、ダークブルーに染まる空は……西の辺りにほんの少しだけ茜色が混ざっている程度で、もうすっかり夜の様相を見せ始めている。

「セラ」

「ん……ありがと」

 そんな風な景色を、チャージャーに寄りかかりながらセラが眺めていると。すると戒斗は彼女の方に歩み寄りながら、近くの自販機で買ってきた珈琲をひょいっと投げ渡していた。

 パッと受け取ったセラは軽く礼を言うと、プルタブを開けた缶珈琲を静かに傾け始める。

 戒斗も彼女の傍、チャージャーの鼻先に寄りかかりつつ、同じく封を開けた缶珈琲をちびちびと飲み始めた。

「……訊かないのね、何も」

 二人は顔を合わせないまま、遠くの景色を眺めながら珈琲の缶を傾けていて。そうしながら、セラはすぐ傍の彼にそんなことをボソリ、と呟く。やはり視線は一瞥もくれないまま、ダークブルーに染まる日没の空を見上げながら、セラは小さく彼にそんなことを呟いていた。

「何の話だ」

 彼女の呟いた言葉に、戒斗も戒斗でやはり視線を向けぬまま、低い声で訊き返す。

 するとセラは遠くを見つめながら「アタシが今日、アンタをこうして連れ出した理由よ」と答えた。

「ただの気分転換、だろ?」

「それは、そうだけれど……でも、そうじゃなくて。気分転換に連れ出した、理由のことよ」

 きょとんと首を傾げて、横目にセラを見つめながら疑問符を浮かべる戒斗。そんな彼にセラは言うと、その後でフッと肩を揺らしながら「ま、そういうところもアンタらしい、か……」と独り言のように呟く。

「ちょっと、色々あってね」

 そんな風に呟いた後、セラは続けて戒斗に囁きかける。やはり彼の方は見ないまま、肩越しに戒斗の視線だけを感じつつ。セラは続く言葉を紡ぎ出す。ダークブルーの空を、遠い目で見つめながら。

「アンタもあの場に居たんだから、知っているでしょう? セイレーンとのこと」

「……そりゃあ、な」

 コクリと頷く戒斗。

 セラは頷く彼の方に振り返りながら「聞いてくれる?」と囁いた。

「何かは知らんが、俺で良ければ」

 そんな風に囁きかけてきた彼女の瞳が、今まで見たこともないぐらいに遠い目をしていて……そして彼女の顔もまた、戒斗が今まで見たこともないほどに薄く、儚げで。だからこそ戒斗は彼女と視線を交わしつつ、小さくセラにそう言って頷き返していた。

 すると、セラはこんな前置きをしてから話し始める。前に打ち明けようとして、でも打ち明けられなかった……今まで自分が内に秘めていたことを、自分が背負う十字架の話を。セラが胸の内に抱く……そんな、遠い日の話を。

「前にも話そうとした、アタシの妹――――キャロルのことよ」

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