第七章:少女は風に誘われて/02

「はい、風谷美雪です。昨日は本当にお世話になりましたっ」

 ぺこりとお辞儀をしてくる少女、風谷美雪は昨日見たのと同じ制服姿だった。

 アンジェと同じ神代学園の女子ブレザー制服で、華奢な脚は黒のオーヴァー・ニーソックスで包み。首元には可愛らしい緑色のリボンをあしらった……そんな格好。美雪は昨日出逢った時と変わらぬ出で立ちで、戒斗の前に立っていた。

「ああ……そうか、君もこの学園だったな」

 今の今まですっかり忘れていたが、そういえば彼女もこの学園の生徒だったことを戒斗は今になって思い出す。尤も、美雪はアンジェの二つ下の学年、一年生らしいが。

「元気そうで何よりだ。昨日はちゃんと眠れたか?」

「はい。疲れ切っていたようでして、あの後すぐにバタンと、倒れ込むようにぐっすりと」

「ははは、寝られないよりは良いことさ」

「でも……意外でした。戒斗さんとアンジェさんが、いつも校門で見かけるお二人だったなんて」

「気付かなかったのか?」

「あの時はいっぱいいっぱいで、そこまで頭が回りませんでしたから」

 えへへ、と苦笑いする美雪に戒斗は小さく肩を竦めつつ「何にしても、元気そうで何よりだ」と薄い笑みを浮かべる。

「後でアンジェにも声を掛けてやってくれ。昨日も本人が言ってたが、アンジェは三年A組だ。多分アンジェの方も、美雪を見ればすぐに分かってくれるはずだから」

「はいっ。お昼休みにでもご挨拶に伺いますねっ」

「そうしてやってくれ。美雪の元気そうな顔を見たら、アンジェもきっと喜ぶはずだから」

「昨日はアンジェさんにもお世話になりましたから……改めて、お礼がしたいです」

「礼には及ばないさ。俺もアンジェも、自分に出来ることをしただけだから。別に見返りが欲しくてやったワケじゃない」

 お礼がしたいと言う美雪に、戒斗がいつも通りの何処か斜に構えたような、透かした調子でそう言うと。すると美雪はふふっと小さく笑み、

「ふふっ……やっぱりお二人とも、本当にヒーローみたいに優しいヒトなんですね」

 と、戒斗の顔を見上げながらそんなことを美雪は言っていた。

「そうか?」

 言われて首を傾げる戒斗に、美雪ははい、と頷き返す。

「少なくとも、私の眼にはそう映りました。あの時、頭がぐちゃぐちゃになっていた私に優しく声を掛けてくれたお二人は……私にとって、紛れもなくヒーローでしたから」

 そう言う美雪が見せる笑顔は、何処か儚くも見えるぐらいに透き通った笑顔で。柔な風が頬を撫でる中、艶やかな黒いセミロングの髪を靡かせる、そんな彼女の笑顔に……戒斗は一瞬、言葉を忘れるほどに目を奪われていた。

 だが、目を奪われていたのもほんの一瞬。すぐに遠くで予鈴のチャイムが鳴り響くと、それで戒斗はハッと我に返る。

 そうして彼が我に返った頃、同じくチャイムを聞きつけた美雪はチラリと学園の校舎の方を振り向けば、すぐにまた戒斗の方に視線を戻し……薄く微笑みながら、彼にこう言った。

「本当は、もっと戒斗さんとお話ししていたいんですけれど。でも時間ですし、私はそろそろ失礼しますね」

「ああ、気を付けてな」

「特に電池切れには……ですね♪」

 最後に美雪はそう言って微笑み、戒斗の傍を離れ……そのまま、校門の向こうへと去って行く。

 遠ざかっていく、そんな美雪の後ろ姿を見つめながら。戒斗は独り、心から安堵した表情で微笑んでいた。

 ―――――良かった。美雪の顔に、あんなに綺麗で優しい笑顔が戻ってきてくれて。

 そう、戒斗は心の底から嬉しく思っていた。

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