Chapter-04『復讐の神姫、疾風の戦士ジェイド・タイフーン』

プロローグ:Si Vis Pacem, Para Bellum

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「――――調子、どうかしら」

 国連直轄の対バンディット特務機関、P.C.C.S本部ビルの地下にある射撃練習場。

 そこの五メートルレンジの射撃ブースに立ち、戦部いくさべ戒斗かいとが借り物の競技用カスタム自動拳銃、グロック19コンバットマスターを黙々と撃っていると。そんな彼に背後から彼に声を掛けたのは、セラ……セラフィナ・マックスウェルだった。

「悪くない」

 戒斗は銃を置き、耳に付けていたヘッドフォンのように巨大な耳栓……イヤーマフを脱ぎながら、声のした方に振り向きつつそう言う。

「そう、なら良かったわ」

 振り向いた先、戒斗の視界に入ったセラの格好は――――珍しく私服姿だった。

 いや、珍しくと言うのは失礼か。単に戒斗が神代かみしろ学園のブレザー制服を着ている彼女ばっかり見慣れているだけの話だから、私服姿のセラが珍しいと言うのは彼女に対して失礼に当たるだろう。

 とにかく、今こうして戒斗の前に現れたセラは、グレーのタンクトップの上から黒革のライダースジャケットを羽織り、下は細い着古しのジーンズといった……何というか、色んな意味で彼女らしい出で立ちだった。

「アタシのグロック、気に入ってくれたかしら?」

 そんな彼女と戒斗が視線を合わせると、セラは戒斗がブースの上に置いたグロック19の自動拳銃に視線を落としながら言う。身長一八五センチという戒斗以上の超高身長な彼女だから、眼下の戒斗の肩越しに見下ろすような感じで、だ。

「悪くないが……やっぱり俺の手には、グロックよりも226の方が馴染むな」

 それに戒斗は、彼女が見つめるグロックを手に取りながら、小さく肩を揺らして言葉を返す。

「あのねえ……それでも高級カスタムガンなのよ? ちょっと贅沢過ぎないかしら?」

 すると、戒斗の言葉を受けたセラは呆れたように肩を竦める。

 戒斗はそんな彼女の呆れっぽい顔を小さく見上げながら「それでも、俺は226がいい」と、グロック19……セラから一時的に借用し続けているそれの銃把を左手で握りつつ、何処か頑固な調子でセラにそう言い返していた。

「ったく……だったら他のはどうなのよ?」

「他、というと?」

 呆れながら、じゃあ他の銃はどうだと問うてくるセラに戒斗が首を傾げると。すると彼女からこんな風に幾つかの候補が挙がるから、戒斗は空になったグロックの弾倉に新しい九ミリ弾を込めていく傍ら……それぞれ率直な感想をセラに対して述べていく。

「例えば、そうね……ベレッタはどうなの?」

「92FSか? 間違いなく良い銃なんだが……俺にはちょっとな。セイフティ抜きの92Gならまだ良いんだが」

「じゃあ、定番の1911ナインティーン・イレブンは?」

「ああ、大好きだ。だがシングルカーラムは手数の不安が拭いきれないんだ。幾ら四五口径といっても……バンディット相手には九ミリと大して変わらんだろ? 八発こっきりじゃあ、相手が相手だけに不安なんだ」

「まー、確かにね。……なら、2011トゥエンティ・イレブンはどうかしら? STIのアレなら1911ナインティーン・イレブンの感覚はそのままで、アンタの言う装填数の問題だって解決しているでしょう?」

2011トゥエンティ・イレブンか? 悪くないが……アレは流石に重すぎる。常日頃から文鎮を持ち歩く趣味は無いんだ」

「それはまあ、そうかも。うーん……そしたら、ファイブセブンはどうなの? 必要なら五・七ミリの特殊徹甲弾を用意するよう、アタシから有紀に頼んでおくけど」

「ああ……ファイブセブンか。実を言うとかなり気に入ってるんだが、生憎とセイフティの位置が好みじゃなくてな」

 と、一連の質問とその回答が終わった頃、戒斗もグロックの弾倉に九ミリパラベラム弾を全て込め終わっていて。フルロードの弾倉を戒斗が射撃ブースの机にゴトンと置く傍ら、セラは彼の頑固さというか……妙なこだわりの強さに呆れ返り、またやれやれと大きく肩を竦めていた。

「アンタって、ホンットにもう……まあいいわ。今日はアンタに渡すものがあるのよ」

「俺に?」

 きょとんとして振り返った戒斗に、セラは「これよ、これ」と言って、ずっと片手にぶら下げていた小振りなハードケースを戒斗に差し出す。

「おっ、遂に仕上がったのか!」

 すると、戒斗は嬉しそうに笑んでそれを受け取り。射撃ブースの机にゴトンと置くと、すぐにハードケースを開封した。

 そうして開けてみれば、カットされた黒いウレタンの中に収められていたのは――――自動拳銃が一挺、そして小振りなリヴォルヴァー拳銃が一挺だった。

SIGシグの方はアタシの知り合いのガンスミスに頼んで、スライド周りとか諸々の摺り合わせを徹底的にやってあるわ。ご希望通り、トリガーも多少軽くしてある。動作も確実、箱出しの純正品とは比べものにならないぐらい撃ちやすいはずよ」

「悪いなセラ、色々と世話掛けて」

「ホントよ。有紀も調達には手間取ったって言ってたわ。普通の226ならまだしも、アンタが指定してきたのはマーク25だったから」

 まるで子供のように目を輝かせて、ケースの中に入っていた自動拳銃を手に取る戒斗を……それこそ小さな子供を見つめるように呆れっぽい視線でセラが眺める傍ら。戒斗はじっと手の中に在る拳銃を見つめていた。

 ――――シグ・ザウエルP226、マーク25。

 堅牢で動作も確実、凄まじく信頼の置ける自動拳銃だ。

 中でも戒斗が指定したそのモデルは、海軍仕様のマーク25。海水に浸かることを想定した耐腐食コーティングが施された、まさにプロ仕様の逸品だ。スライド側面にあしらわれた、白い錨のマークは決して伊達ではない。

 しかも、戒斗のそれは今まさにセラが言った通り、彼女の知人のガンスミス……銃職人に頼んで特別にカスタマイズさせた一挺だった。外見上の派手な差異は無いが、しかし普通のP226でないことは、こうして銃把を握っていると何となく分かる。

 また、戒斗の物のアクセサリーレール……銃口下部には、追加でシュアファイア社製のX300Uウェポンライトも装備されている。暗所を照らし出したり、目眩ましの為に使う拳銃装着用のフラッシュライトといったところか。

「…………」

 戒斗は握り締めたそのP226を暫くの間ジッと見つめた後、今度は分解して内部の検分を始めた。

 弾倉を抜き、スライドを何度か動かして、薬室に弾が入っていないかを確認。それからスライドを後ろまで引いて、スライドストップを押し上げて……銃のスライドに後退状態、ホールド・オープンの状態を維持させる。

 それから銃の左側面にあるテイクダウン・レヴァー……要は分解するためのロック機構だ。それを下に九〇度押し下げてから、再びスライドストップを解除。そうすれば銃把のあるフレーム部分と、銃上部のスライド一式とが分離する。

 戒斗はその分離したスライド一式の方を手に取ると、動作用の長いバネが仕込まれたリコイルスプリング一式を取り外し、その後で銃身もスライドから取り外す。

 外した銃身の中を覗き込み、銃身内部の状態を目視で確認。銃身の状態も、内部に緩やかな弧を描くように彫られた、六条のライフリングの状態も……何もかも良い具合だ。

 その後も各所を細かく検分した後、また組み立て直し。そうしてから何度か空撃ちしてみたりして、戒斗はセラから受け取ったカスタム品のP226の状態を詳しく確かめる。

「……良い銃だ」

 そうして検分が終わった頃、銃把を左手に握り締めながら戒斗が漏らしたのは、そんな心からの称賛の言葉だった。

「あ、ちなみにスミスの方は特に注文も無かったから、そっちは純正そのまんまよ」

 セラがそう注釈する傍ら、一旦その特別なP226を机の上に置いた戒斗は、ケースに収まっていたもう一挺の方……小振りなリヴォルヴァー拳銃の方を手に取ってみる。

 ――――S&W、モデル360PD。

 五連発の、いわゆるJフレームに区分される手のひらサイズの回転式だ。日本警察も使っているモデル36や、モデル360Jの親戚といったところか。

 とはいえ、フレームにはスカンジウム合金、五連発のシリンダー弾倉にはチタン合金という強靱な素材を用いることにより……360PDは手軽な手のひらサイズの小ささながら、強力な三五七マグナム弾を撃ち放てる。あくまで予備の拳銃として用意して貰った物だが、これほどまでに頼もしいバックアップ・ガンは中々無いはずだ。

「あとこれも。もう知っているでしょうけれど、バンディット相手には普通の弾じゃ大して効果がないの。だからこれ、対バンディット戦用の特殊徹甲弾」

 そんな360PDを戒斗が検分していると、セラが続けて彼の横から……机の上に、九ミリパラベラム弾の弾箱を幾つか纏めてドンッと置く。

「弾も注文通りだよな?」

 360PDを机の上に置き、開封した弾箱から一発を取り出して眺めつつ戒斗が問うと。するとセラは「ええ」と頷いて、

「弾頭はNXハイパーチタニウム合金のフルメタル・ジャケット、弾頭重量一二五グレインの+P+弾。アンタのご注文通りのスペックよ。二〇〇発もあれば、とりあえず十分よね?」

「助かる」

 戒斗はニヤリとして頷き返し、その特別製の九ミリパラベラム弾……+P+、つまり限界ギリギリまで火薬を増量した強装弾をP226の弾倉に一発ずつ装填し始める。

「それで、これはアタシから。マグナムの特殊徹甲弾は配備されてないから、前に有紀に無理言って作って貰った弾頭を、アタシがハンドロードした自家製よ」

 そんな傍ら、セラは今度は別の弾箱を……360PD用の三五七マグナム弾、対バンディット戦用の特殊徹甲弾が入ったそれを机の上に置く。

 ――――実を言うと、本来は三五七マグナム弾の特殊徹甲弾は存在しないのだ。

 存在しないのだが……普段使いで三五七、或いは四四マグナム弾を使うセラが技術開発部門のチーフ、篠宮しのみや有紀ゆきに頼み込み、弾頭だけを少数生産という形で無理矢理に都合して貰っている。

 その特別に用意して貰った弾頭を使い、セラ自身が自宅でハンドロード。つまり手込めで一発ずつ作っている弾が……今まさに戒斗に手渡された、この三五七マグナム弾というワケだった。

 ――――閑話休題。

「にしても、アンタがガンマニアだったなんて意外だわ」

 とまあ、そんな風に受領した二挺の拳銃。彼専用のP226と360PDの調子を、戒斗が嬉しそうにガチャガチャと動かして様子を見ている傍ら……ブースの仕切りにもたれ掛かりながら腕組みをするセラが、ボソリとそんなことを彼に向かって呟いていた。

「そうか?」

「とても、そういう風には見えなかったから」

「ヒトは見かけによらないって言うだろ?」

「…………っていうかさ、前から思ってたけど戒斗、アンタってレフティなのね。しかも、やけに手慣れてる。もしかして射撃経験でもあるの?」

 ふと思い出してセラが何気なく問うてみたが、しかし戒斗は小さく目を細めながら「昔、ちょっとな」だけしか答えず。

「そういうセラは、どうして俺にこうも良くしてくれるんだ?」

 続けてセラに対して逆に問い返すと、そのまま戒斗は今の質問をはぐらかしてしまった。

「どうして……って、言われてもね」

「俺に自分のコレクションを貸してくれたり、こうやって色々と良くしてくれたりなんかしてさ。君は……アンジェが神姫として戦うのが嫌なように、俺が戦おうとするのも嫌なんじゃないか?」

 そんな戒斗の質問に、セラは少しの間を置いた後で「……うん」と小さく頷き返し、肯定の意を示す。

「今でも、アンタやアンジェのことは完全には受け入れられていないの」

 言った後でセラは「……でも」と言葉を続け、

「なんて言うか……アンタは、アタシの言うことなんか聞きそうにないでしょう?」

 と、何処か皮肉っぽい調子で。戒斗の顔をチラリと横目で見つめながら、セラは小さく呟いた。

「そうか?」

「そういう顔してるわ」

「……そうか」

 フッと肩を揺らし、セラから視線を外すと、戒斗はまた弾込めの作業に戻っていく。

 そんな彼に横目の視線を投げ掛けつつ、セラは小さくうつむいてこう言葉を続ける。

「それにさ、どのみちアンタがVシステムの装着員に選ばれてしまった以上、もうアタシにはどうすることも出来ないの。だったらアタシに出来ることといえば、アンタが生半可なことで、つまんないことで死なないように手伝ってあげるだけ……それだけのことよ」

 そんなセラの答えを聞いて、戒斗はフッと笑み。自分もまた横目の視線を投げ掛け、彼女の金色の瞳と目を合わせつつ……セラに向かってこんな言葉を投げ掛けてみた。

「君は、優しいなんだな」

「…………前に、アンジェにも似たようなことを言われたわ」

 肩を大きく揺らしながら、セラが自虐っぽく頷き返す。

「…………正直、悩んでるのよ。このまま意地を張り続けて良いのかなって」

「セラ」

「どうしてかしらね、アンタには……アンタには、自然に話せそうな気がするの」

 そう呟いて、セラは一旦離していた視線をまた戒斗に向け直し。チラリと横目で彼を見つめながら、ボソリとこんなことを彼に向かって囁いてみた。

「……ねえ戒斗、ちょっと聞いてくれるかしら? アタシのこと、妹の……キャロルのこと」

「話したければ、話せばいいさ。俺が君の望む適切な答えを出せるかは分からないが、でも話を聞くぐららいは出来る。地蔵にでも独り言を話すような気持ちで、気軽に話してくれればいいさ」

 視線を合わせないまま、黙々と弾倉に弾を込める作業を続けつつ戒斗が言うと。するとセラは小さく笑いながら……こんなことを、彼に向かって呟いていた。

「ふふっ……ありがとう。やっぱりアンジェが言ってた通りね。アンタは底抜けに優しいみたい」

「買い被りすぎだ」

「買い被ってなんかいないわよ、これはアタシの率直な感想。感謝しなさいよ? アタシが他人に対してここまで言うの、あんま無いんだから」

「……そうか、なら光栄な話だ」

 皮肉めいた調子で戒斗が呟くと、セラはまた小さく笑み。

「じゃあ……聞いてくれる? アタシの、キャロルのことを――――」

 と言って、胸に抱えたモノを吐き出しかけた――――まさにその瞬間だった。セラが頭の中に、甲高い耳鳴りのような感覚を覚えたのは。

「この感覚……!」

「セラ、どうした?」

 豹変したセラの様子に、戒斗がきょとんとして振り向いた瞬間。セラが頭の中に鳴り響く警鐘を感じ取って間もなく、本部中に警報が鳴り響き始めた。

『――――バンディットサーチャーに反応あり。神姫、及びVシステムは緊急出動。各STFは即応状態で待機せよ。繰り返す――――』

 警報とともに木霊する、司令室の女性オペレータが透き通った声で告げる内容を聞く限り……どうやら、そういうことらしい。

「ったく、間の悪いこと……!」

「セラ、どうする?」

「どうするもこうするも、行くっきゃないでしょうに! ……アタシは行くけど、よければアンタも後ろに乗せてくわよ」

「気持ちだけ貰っておくさ。どのみちVシステムが現地に無けりゃ、俺だけ行っても意味はない。俺はあのトラックに便乗してくいくから、セラは先に行ってくれ」

「そう。……じゃあ、お先に」

「現地集合って奴さ。また後でな、セラ」

「…………アンタが来る前に、アタシが全部終わらせてあげるわよ」

 駆け出していくセラの後ろ姿を、射撃練習場から飛び出していく彼女の後ろ姿を見送りながら、戒斗はふとセラの背中に迷いのような色をした気配を感じていた。深い哀しみと、迷いの気配を…………。





(プロローグ『Si Vis Pacem, Para Bellum』了)

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