第十章:ヴァルキュリア・スクランブル/02

 同時刻、セラとアンジェといえば――――丁度、五限目の授業を受けている最中だった。

 教科は現国だ。黒縁眼鏡がトレードマークな、二〇代後半の若い男性教師。二人はそんな三年A組の担任が受け持つ授業を受けている最中だった。

「っ!?」

 気怠い午後の課程を、窓際最後尾の席で普段通りに過ごしていると……するとアンジェは唐突に、頭の中に強烈な耳鳴りめいた感覚を覚えてしまう。

(この感じ……もしかして、敵が!?)

 警鐘を告げるこの感覚、アンジェにとっても何だかんだと慣れ親しんだものだ。神姫としての本能が告げる敵の出現を、その警告を……彼女もまた遥と同様に感じ取っていた。

 ――――敵が現れた。

 だとすれば、神姫である自分が駆けつけなければならない。この力は、誰かを守るための力なのだから。

 そう思うと、アンジェの動きは早かった。

 アンジェは手早く荷物を纏めてしまうと、重たそうなスクールバッグを左肩に担ぎながらガタンと大きな音を立てて立ち上がる。

「すみません先生、僕ちょっと体調悪いんで早退しますっ!!」

「あ、おい!?」

 そうしてアンジェは一方的に告げると、教壇に立つ驚いた顔の担任の静止も聞かぬまま、すぐさま全力疾走で教室を飛び出して行ってしまう。

「アンジェ……?」

 担任教師と他のクラスメイトたちが、そんな風に出て行ったアンジェを呆然とした顔で見送る中。すぐ隣席に座っていたセラもまた、他の皆と同様にアンジェの唐突な行動に首を傾げていたのだが――――。

「くっ……!? なるほど、そういうことか……!!」

 そうして首を傾げていたのも束の間、直後にセラもまたアンジェが感じていたのと全く同じ感覚を頭の中に感じ取っていた。

「ごめんね、アタシも早退!」

 すると、セラもさっきのアンジェと同じようにガタンと席を立ち。大声で一方的に担任へと告げれば、そのまま全速力で三年A組の教室を飛び出していく。

 そんな風に教室を飛び出したセラが授業中の校舎、廊下を全力疾走していると。すると懐に収めていたスマートフォンが着信で震え始めるから、セラは走りながら耳に当てて電話に出る。

『セラくん、分かっているとは思うが……バンディットが出現した』

 電話を掛けてきた相手は、やはりというべきか石神だった。

「状況は!?」

『……端的に言えば、最悪の状況だ』

 走りながら、電話の向こうの石神に怒鳴るようにセラが言うと、石神は神妙そのものな声音で始めにそう言い。続けて現在の状況を端的にセラへと説明し始めた。

『市街の県警本部がバンディットに襲撃されている。バンディットサーチャーの反応を信じるなら……現場に確認されている敵の数は、百体以上だ』

「百体以上、ですって……!? 何かの冗談よね、それ!?」

『嘘のような本当の話だ。俺も未だに信じられんが……だが、ほぼ間違いない』

 ――――バンディットが百体以上、同時に出現した。

 セラは思わず自分の耳を疑ったが、しかしシリアスそのものな石神の声音が、その意味不明な状況が事実であると訴えかけている。

 一体でも相手にするのが面倒なバンディットが、一度に百体以上も同時に出現するなんて……少なくともセラの経験上、一度も無かったことだ。

「なんてこと……!」

 だからこそ、走りながら彼女は青ざめていた。

『現在、即応したSATサットを始めとした警察部隊が総力を挙げて迎撃に当たっているが、いつまで持つか分からん。今この瞬間にも全滅したっておかしくない状況だ』

「増援は!?」

『我々の方からSTFを、即応状態にあったオスカー・チームとグレイブ・チームを緊急出動させた。だが仮にSTFの現着が間に合ったとして、焼け石に水なのは否めん……』

「くっ……!!」

 ――――STF。

 スペシャル・タスク・フォースの略称だ。P.C.C.Sが組織内部に有している、少数精鋭の実働部隊。謂わば対バンディット戦に特化した特殊部隊だ。普通の警察部隊より格段に良い装備を有し、そして対バンディット戦の経験やノウハウも豊富な精鋭部隊……。

 少なくとも通常のSATやその他警察部隊よりはマシだが、それでも相手が百体越えとあっては焼け石に水も良いところだ。神姫でさえ果たして本当に全てを駆逐できるか分からない規模の相手に、幾ら生身の人間が頑張ったところで…………。

「でも、エクスカリバーがあれば……せめてアタシたちが到着するまでは持つでしょう!?」

『持たせてみせる、と彼らは言っていた。今は信じるしかない、STFが善戦してくれるのを』

「……そうね、アタシたちも急いで向かうわ。それまで持ちこたえて頂戴って、司令の方から伝えておいて」

 セラは最後にそう言って電話を切り、耳に当てていたスマートフォンを懐に収める。

 そのまま階段を駆け下り、昇降口の下駄箱で上履きから外履きのローファー靴に急いで履き替え、また全力疾走で校舎を飛び出していく。

 そうした時にセラはやっとこさアンジェに追いついていて。先を走る彼女の背中に向かって、セラもまた走りながら「アンジェ!」と呼び掛けた。

「セラ! ……止めても聞かないよ! 僕は戦うって決めたんだから!!」

 軽く振り向いた彼女はセラに気付くと、走る足の速度を緩めないままに叫び返す。

「でしょうね、全く聞き分けのない……!」

 セラはそんなアンジェの言い草に、彼女の真横を並走しながら大きく肩を竦め、

「……仕方ない、アタシのバイクに乗りなさい! その方が早い!!」

 と、続けてセラはアンジェに言っていた。

「セラ……!」

「勘違いしないで! アタシは別にアンタを認めたワケじゃあない! ……けれど、今回ばっかりはアンタの力も借りないとマジでキッツいのよ! だから……アンジェ! いいえ、ヴァーミリオン・ミラージュ!! 今回だけは力を貸して頂戴っ!!」

「……うん、分かったよセラ!」

 複雑そうな顔で叫ぶセラと、そんな彼女に笑顔で頷き返すアンジェ。二人は走って校門から学園の外に出ると、そのまま学園の裏手に回り。するとセラはそこに隠していたバイク……いつもの真っ赤なゴールドウィングF6Cに跨がる。

 どうやら状況を見る限り、最近のセラはこれで通学をしていたらしい。幾ら自由な校風で校則も緩い神代学園といえども、流石にバイク通学は校則違反だ。

「ほらアンジェ、予備のメットあるから被んなさい!」

 アンジェもどうかと思ったが、今はそんな些細なことをどうこう言っている場合じゃない。

 だからアンジェは、セラの投げ渡してきた予備のヘルメットを被りつつ、何も言わずにセラの後ろに跨がった。

「行くわよ……しっかり掴まってなさい!」

「う、うん……!!」

 そうしてアンジェが跨がり、自分の腰に腕を回してしがみついたのを確認してから……セラはバイクのエンジンを始動させる。

 イグニッション・スタート。腹下に抱えた水平対向六気筒、フラット・シックスのエンジンが怪獣のような雄叫びを上げて目を覚ます。

 するとセラは暖機運転の時間も待たぬままスロットルを捻り、全開加速で公道に繰り出し。アンジェを後ろに乗せた状態で駆け出していく。

「もう二度と、誰も死なせたりしない……!!」

 ――――もう二度と、キャロルの時のような哀しみを繰り返してなるものか。

 背負う十字架に固く誓い、それを胸に抱いて……セラは後ろに乗せたアンジェとともに、現場へと急いだ。

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