第五章:逡巡と告白、変化の訪れは突然に/04

「……あの時、神姫として覚醒したアンジェくん。君をいつかは此処に、P.C.C.Sに連れて来なければならなかった。ウィスタリア・セイレーンとは違い、君の場合は素性がハッキリしてしまっているからね。この意味……分かるだろう?」

「単刀直入に言わせてくれ。アンジェリーヌ・リュミエールくん、可能であれば君には俺たちP.C.C.Sに協力して欲しい」

 有紀が淡々とした口調でそう言い、続けて石神がじっとアンジェを見据えながら短く告げる。

「僕は……」

 当然、アンジェがその答えをすぐに出せるはずもなく。神妙な面持ちでチラリと横目に見る戒斗の傍ら、彼女はどうして良いか分からずに思い悩んでいる様子だった。

「…………アンジェが嫌なら、そう言っちゃえば良いのよ」

 そんな彼女を少し遠巻きな位置で見つめながら、セラがボソリとそんなことを呟いていた。

「セラくん、君は……」

「アタシ自身、心の何処かでそうなって欲しいと願っている節があるわ。……分かってるわよ司令、P.C.C.Sとしては一人でも多くの戦力が欲しい。頭では理解出来ているつもりよ。けれど……やっぱり、アタシは受け入れたくないの。これ以上、誰にもあんな思いをさせたくないから」

 金色の瞳で僅かに石神の方へと横目の視線を流しながら言うセラの面持ちが、あまりに重くて哀しげで。彼女が呟いた言葉の裏に、誰にもあんな思いをさせたくないという言葉の裏に隠れているセラの心情は……どこまでも悲痛なもので。それを十二分に理解しているからこそ、石神はそれ以上の言葉を紡がずに「……そう、かもしれんな」とだけ彼女に返す。

「それで……アンジェくん、君の気持ちを聞かせて貰いたい」

 その後で、石神は改めてアンジェの方に向き直り、そして彼女に問う。

「…………僕は」

 正直、どうしたいのか自分でも分からないというのがアンジェの本音だった。

 アンジェが神姫の力を行使する理由は、戒斗を守りたいという彼女の深い愛から来ているものだ。究極を言ってしまえば、彼さえ守れれば他はどうでも良いとさえ思えてしまう。元を正せば彼を守る力が欲しいと願い、そして手に入れたミラージュ・ブレスなのだから……それはある意味で当然の話だ。

 しかし同時に、皆の笑顔を守りたいという気持ちもある。

 それこそ、遥と……ウィスタリア・セイレーンと同じように、だ。戒斗だけを守りたいと思う一方で、アンジェは同時に皆の笑顔も守りたいと思っている節もある。

 ――――個人と大勢、どちらを守るのか。

 ある意味で対照的な二つの思いだが、しかし二律背反ではない。どちらも両立させようと思えば出来ることだ。戒斗のことと他の大勢のこと、どちらも同時に守ろうと思えば……やって出来ないことじゃない。神速の力を手にした彼女になら、それが出来る。

「…………分かりました」

 だからこそ、アンジェは真っ直ぐな瞳で石神や有紀、そしてセラを見据えながら……告げる。

 悩みはしたが、でもひょっとしたら答えは最初から決まっていたのかも知れない。だって戦う理由も、その覚悟も……神姫の力を手にしたあの日、あの瞬間に。音の速さを、光の速さを超える神速の力、ヴァーミリオン・ミラージュに変身したあの時に――――何もかもが全て、済んでいたのだから。

「僕に出来ることがあるのなら、僕にやれることがあるのなら……僕は、やってみたい。だから石神さん、それに有紀さんや……セラに協力します。神姫として、貴方たちP.C.C.Sに」

 ブレることのないアイオライトの瞳で見つめながら、見上げながら。アンジェは目の前の石神にスッと左手を差し出す。

「…………感謝する」

 そんな彼女の真っ直ぐな視線に、同じく真っ直ぐな視線で返しつつ。石神はフッと小さく笑むと、差し出された手を握り返し……アンジェと固く握手を交わし合う。

「アンジェ自身が決めたことなら、それでいい。それに……この方がアンジェらしい、かもな」

 そうして石神と握手を交わすアンジェの横顔を間近で眺めながら、戒斗は複雑な心境になりつつも……隣に立つ彼女に向かって、小さく微笑みかけていた。

 戒斗自身、彼女を凄く案じている。アンジェが神姫として戦うことに、P.C.C.Sに協力することに……どこか恐れにも似た感情を覚えている自分が居るのだ。

 だが、同時にこうも思う。アンジェがバンディットと戦うことは止められない。止めるワケにはいかない。ならば――――いっそ、彼らに手を貸した方がアンジェも安全なんじゃないかと。

 単独で戦い続けるよりも、組織のバックアップがあった方が色々とやりやすいというものだ。それに何よりも、有紀やセラといった頼れる仲間も手に入る。セラが遥に襲い掛かった理由は未だ知れずじまいだが……それでも、セラが悪い人間でないことを戒斗は知っている。疑問符を覚える節はあれど、同時に信頼に足る相手でもあると認識しているのだ、戒斗はセラのことを。

 故に、もう先刻のようにアンジェを止めはしない。説明を聞いた上で、その上で彼女自身がそう決断したのなら――――もう、自分に彼女を止める資格はないのだから。

「あーっと、良い感じの雰囲気のところ悪いがね。アンジェくんに戒斗くん、彼女のことについて……ウィスタリア・セイレーンについて、何か知らないかな?」

 と、戒斗がそんな思いの中でアンジェが石神と握手を交わし合うのを横目に見ていると。すると横から割って入ってきた有紀がそう、唐突すぎる質問を二人に投げ掛けてきた。

 同時に、司令室の突き当たりにあるモニタのひとつにある画像が映し出される。画質はかなり粗いが、それでも辛うじて誰が写っているのかは分かる画像だ。

 そこに映し出されていたのは――――蒼の神姫、ウィスタリア・セイレーン。 即ち……他ならぬ間宮遥を写した画像だった。

「っ……」

 モニタに映る彼女の姿を見て、戒斗は小さく息を呑む。さっきの説明の時点でもチラッと話題に上がった辺り、いつかは訊かれるだろうと思っていたから……動揺こそしなかったが。しかしイザ実際に問われてみると、やはり心は僅かに揺れてしまう。

「セイレーンに関してはアンジェくんとは異なり、依然として詳細は不明のまま……未だ謎に包まれた神姫なんだ。聞くところによると、君ら二人は二度ほどこの神姫と遭遇しているらしいね。そこで君たちに訊きたいのだが、彼女について何か知らないかな?」

「何でも構わない、どんな些細なことでもだ。二人とも、知っていることがあったら是非訊かせてくれ」

「……カイト」

「…………ああ」

 有紀と、続けて石神に問われ。アンジェと戒斗は一瞬お互いに顔を突き合わせると……アイ・コンタクトだけで無言のままに互いの意図を確認し合い。そうしてから二人揃って有紀たちにこう答えた。

「知らないな、生憎と名前も今初めて知ったぐらいだ」

「僕も特にないかな……助けて貰ったのは事実だけれど、でも詳しいことまでは分からないよ」

 二人はそう、平然とした顔で嘘をついた。

 ――――遥のことは、誰にも話すべきではない。

 それが今、短いアイ・コンタクトのみで確認し合った二人の共通認識だった。

 遥が秘密にしたいと言っていたこと、まして戒斗やアンジェにまで隠していたことだ。例え相手が有紀やセラだとしても話すべきではないと、二人はそう思っていた。

 その意図を無言のまま、お互いに一瞬アイ・コンタクトを交わしただけで通じ合う辺り……戒斗とアンジェの相性の良さは本物ということだが。何にしても、二人はP.C.C.Sの面々に向かってそうやって嘘をついていた。

「そうかい。変なコトを訊いてしまって悪かったね……また何か思い出したことがあれば言ってくれ」

 言われた有紀は特に疑いもせず、うんうんと独りで頷きながらそう言って。すると次に彼女は何を思ったのか、アンジェではなく戒斗の方にグッと近寄ってくる。

「…………」

「な、なんだよ先生」

 近づいてきた有紀は、そのまま至近距離でじっと戒斗の顔を見つめていて。そうすれば流石に戒斗も戸惑い、何とも言えない微妙な顔で有紀から視線を逸らす。

(そういえば……アンジェだけじゃなく、どうして俺まで一緒に連れて来たんだ?)

 目を逸らしながら、戒斗はふと疑問を抱いていた。

 神姫についてのことなら――――アンジェをP.C.C.Sに引き入れたいだけなら、彼女一人を此処に連れて来れば良かったはずだ。神姫でないただの人間、言ってしまえば未だ一般人とほぼ変わらぬ戒斗を連れてくる理由なんて、本来ならどこにもないはず。

 予想できる理由といえば、アンジェの保護者代わりか……或いは遥のことに関する事情聴取か。

 だが、戒斗はどうにも腑に落ちていなかった。こんな公にされていない特務機関の、まして本部中枢にまで連れてくる理由にはなっていないのだから。

「…………なあ先生、何でまた俺まで一緒に此処へ連れて来た?」

 疑問に思えば、それを口に出して問わぬ理由など今の戒斗にはない。

「それに……先生、アンタは何もかも知っていて、俺たちの店に通い続けていたのか?」

 続く言葉に猜疑心を滲ませながら、戒斗は至近距離から見つめてくる有紀に問う。

「後者に関しては全くの偶然だ。私は元々あの店が好きでね……そうしたら偶然、君らが我々の世界に関わる羽目になってしまったというだけだ。世間は狭いというが、アレはどうやら本当のようだね」

 そんな戒斗の問いかけに対し、有紀は彼の傍から一歩後ろに下がりつつ……いつものように飄々とした態度でまずは答える。

 その後で、彼女は続けて戒斗にこんな提案を持ちかけてきた。彼にとってはあまりに唐突な、そんな提案を。

「――――提案なんだが戒斗くん、P.C.C.Sに入らないかい?」

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