第五章:逡巡と告白、変化の訪れは突然に/03

「あ、はい。よろしく――――」

「待てアンジェ。…………オタクらP.C.C.Sとかいったな。俺たちに……いいや、アンジェに何をさせるつもりだ?」

 石神が差し出してきたゴツい右手を見て、アンジェは彼の握手に応じようとしたが。しかし戒斗は一歩前に踏み出そうとした彼女の胸の前にバッと腕を掲げて制すると、そのまま鋭い目付きで目の前に立つ石神と、そして有紀やセラを睨み付けつつ……普段よりずっと低くした声で、まるで凄むように問う。

 ――――実際、戒斗たちからしてみれば得体の知れない相手だ。

 超常犯罪対策班P.C.C.S……そんな名前の組織は聞いたことがない。表向きには存在していない秘密の特務機関だから戒斗たちが知らないのも当然の話だが、しかし彼らが胡散臭いと思って然るべきというのもまた事実。幾らセラや有紀が居るとしても……警戒しない理由にはならない。

「アンジェくんに何をさせるつもりだ……か。そこを突かれると痛いな、ははは」

 そんな警戒心丸出しの戒斗に凄まれ、石神は参ったように苦笑いを浮かべる。

「予想通りの反応だね、戒斗くんならそう言うと思ったよ」

 すると、横から皮肉っぽい笑みを湛えた有紀が割って入ってきて。彼女は「まずは、順を追って話そうか」と言い、二人に対してまずは幾らかの説明を始めた。

 主に有紀が語る形で、時たま石神が横から注釈を付け加えながら長々と語られた説明というのは――――要約すれば、こんな感じの内容だった。





 ――――神姫。

 それがどういう存在であるかは、君らには敢えて語るまでもなく分かっていることだろう。だから今は細かい部分を、君たちが知らないであろう部分を語らせて貰うよ。

 神姫というのは……何と言ったらいいものか。言うなれば人間の進化形、ヒトの秘めた無限の可能性が具現化した形……とでも言っておこうか。或いは武力を司りし神の遣い、神に愛された戦姫という言い方もあるね。

 神秘的に聞こえたかい? それとも、神が云々って部分が胡散臭く聞こえたかな。だとしたら謝らせて貰うよ。そして同時に誤解しないで欲しい。私は神の存在なんてのは欠片も信じちゃいない、あくまで比喩のひとつとして述べたまでだ……とね。

 …………さてと、話を本筋に戻そうか。

 何だかんだと抽象的な言い方になってしまったけれど、要は人類が新たなステージに進んだ形だね。神姫の力というのは一種の超能力のようなもの、と捉えて貰うのが一番分かりやすいかな。

 とはいえ、進化というには少し違うんだ。神姫の力というものは、ある特定の因子……『ヴァルキュリア因子』というものを有している人間、それも女性に限ってのみ発現する特殊な能力なんだ。

 無論、ヴァルキュリア因子を有している女性が全員神姫の力に目覚めるワケじゃないよ。他には極度の感情の昂ぶりだったり、複数の神姫との接触だったり……覚醒のトリガーとなるファクターは色々あるけれど、因子保持者が全員覚醒はしない、という点は抑えておいてくれ。

 …………とにもかくにも、そんな超常の力を扱える稀有な存在と、その力を行使した乙女たちが変身した姿が神姫と呼称されているんだ。

 因子の保有者は極めて少なくてね。神姫の力を発現する確率は……地球上の全人類で一割以下。現に我々P.C.C.Sが確認しているのだって、セラくんを含めてたった三人だけなんだ。アンジェくん以外では、ね。それぐらいに稀少な存在なんだよ、神姫というのは。

 また、神姫が変身する際には左右のどちらか一方の手の甲にガントレット状の装具が浮かび上がる、という点も当然知っているね。まあ……稀にセラくんみたく両手同時に出現する場合もあるけれど。

 それで、神姫の変身した姿や、用いる武器。これらはそれぞれの深層心理や願望、感情なんかの諸々が表面上に具現化した姿って言えるね。ある意味で嘘偽りのない、真の姿ってところかな。

 …………でまあ、ここまで話しておいて何なんだがね。ぶっちゃけた話、我々にも神姫って存在はよく分かってないんだ。

 一応、P.C.C.Sが発足してから今日まで続けている『V計画』ってのがあるんだ。目的は神姫やヴァルキュリア因子の解明、それにバンディットって異形の存在も含めた諸々の謎を解き明かすこと。セラくんたちにもデータ取りなんかで協力して貰ってるけど、P.C.C.S発足から今日まで続けて……分かったことと言えば雀の涙程度。正直言って、どれだけ研究したところで神姫なんてものは人間の手に負えない、超常の存在だってことだね。

 っと……ここまで話したんだから、折角だしバンディットについても話しておこうか。少し話が脇道に逸れてしまうが、二人とももう少しだけ辛抱して聞いてくれたまえよ。これは戒斗くんにアンジェくん、二人にも密接に関わることだからね…………。



 ――――バンディット。

 君らが戦っている敵、異形の怪人……人間を襲う未確認生命体の総称だよ。日本の警察では『敵性不明生物』なんて呼び方をしているみたいだね。

 この怪人は神姫と同じように、遙か古代……先史文明期より存在していたと推測されているんだ。神話に登場する怪物なんかは大抵、このバンディットが伝承になったものだと思うよ。

 例えば北欧神話、或いは『ニーベルングの指環』に登場する邪龍ファフニールとか……ね。これは先史文明期の神姫が戦ったバンディットの巨大変異種だと推測されているんだ。尤も、未だ推測の域は出ていないけれど。

 バンディットという存在は歴史上、世界中のあちこちに出現してきた。そして、それを討ち滅ぼしてきたのが神姫の力を有した乙女たち。ある意味で神姫とバンディット、二つの存在は電極のプラスとマイナス、磁石のN極とS極、或いは水と油のように……対になっている存在とも言えるかな。

 ただ――――ここからが問題なんだ。

 V計画の一環として、P.C.C.Sは今日まで世界各地の伝承や諸々を研究し尽くしてきた。その結果分かったことは……数百万年の歴史上、今ほどバンディットが大量に出現した例は一度も無いんだよ。少なくとも、人類の歴史上はね。

 切っ掛け……というか、初めてバンディットという存在の出現が明確に確認されたのは、今から六年前の話だ。人類はアレ以来ずっとバンディットと戦い続けている。まあこの辺りは君らもある程度は知っている話だろうから、難しい部分は省略させて貰うよ。

 それで、セラくんたちが神姫の力に目覚め、戦い始めたのが今から大体三年ぐらい前だったかな。きっとそれ以前にも、人知れずバンディットと戦っていた神姫が存在していたはず……というか、存在していないとおかしいんだけれど。何にしても、セラくんや他の二人を迎えたP.C.C.Sが本格的にバンディットと戦い始めたのが、今からざっくり三年前の話だよ。

 ――――で、だ。バンディットってのがどういうものかってことは、君らもよく知っているね。

 この怪人の大半は四肢を有した二足歩行の生態で、見た目は人間と結構似ている。ただ似ているのは大まかな格好だけで、容姿は本当に異形としか呼べないものだ。昆虫や動物の能力みたく、多彩な超常能力を有していて……そんな奴らからしてみれば、生身の人間なんて虫ケラ同然だよ。

 ちなみに、防御力も人間の比じゃない……ってことも、君らなら知ってて然るべきか。

 簡単に言ってしまえば、普通の銃弾はほぼ通用しないと思っていい。

 とにかく固すぎるんだよ、何もかもがね。だから我々は対バンディット戦闘の為に貫通力を高めた特別な弾薬……特殊徹甲弾を開発した。秘密裏に日本警察にもデータを渡したから、今はコピー品の弾を彼らも使っているはずだよ。

 尤も……我々P.C.C.Sが使うオリジナルの特殊徹甲弾には、弾芯にNXハイパーチタニウム合金っていう特別な金属を使っているんだけれども。私の記憶が間違っていなければ、確か警察のカートリッジの弾芯は普通のチタン合金か、それともタングステンか何かだったはずだ。我々の弾でも威力の方はイマイチだってのに、アレじゃあ大して効くワケがないよ…………。

 …………っと、流石に話が脱線しすぎたね。

 そんな特殊徹甲弾を使っても、九ミリパラベラム拳銃弾や五・五六ミリ弾クラスの小口径ライフル弾じゃあ、出来て精々怯ませる程度だ。それでも拳銃弾なら三五七マグナムや四四マグナム、ライフルなら七・六二ミリ級だったら多少のダメージが期待できるようになるけれど……それでも、撃破までには至らないよ。何せ重機関銃の五〇口径すら豆鉄砲程度にしかならない相手なんだから。

 真面目にダメージを与えようと思ったら、最低でも二〇ミリの……バルカン砲クラスを持ってこないと話にならない。理論上は一二〇ミリ滑腔砲、APFSDS弾。つまり戦車の主砲を喰らわせれば一撃で撃破出来るはずだけれども、実際問題としてそれは土台無理な話だからね。ちょこまか動くバンディットみたいな細かい的を、戦車の砲塔で正確に撃ち抜けなんてのは不可能な話だ。まず間違いなく、撃つ前に中の乗員が皆殺しにされてしまうよ。

 だから――――結局のところ、バンディットとマトモに戦えるのは神姫だけなんだ。心苦しい話だが……バンディットの魔の手から人々を守る為には、君のような力を持つ乙女の……神姫の力を借りるしか、我々に手立てはないんだよ。

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