第四章:とある平穏な幕間に/08

 そんな風に四人でショッピングモールを隅から隅まで回るぐらいの勢いで遊び回っていれば、いつしか時刻は夕暮れ時になっていて。そろそろ帰ろうかという話になり、一旦別れたセラはバイクを停めた立体駐車場の方に行き。戒斗たち三人はといえば、ショッピングモールの目の前にあるバスの停留所の前に立っていた。

「じゃあアンジェ、また学園で。戒斗に遥も、今日は凄く楽しかったわ。また誘って頂戴」

 停留所の前でバスの到着を待っていると、すぐ目の前に自前のバイクで滑り込んで来たセラが三人にそう挨拶をする。

「うん、また明日ねー」

「今日はありがとうございました。私も凄く楽しかったです。またお店にもいらしてくださいね」

「どのみち俺も明日また逢うことになるな。何にしても、帰り道気を付けてな」

 バイクで滑り込んできた、そんなセラ――――二〇一五年式のホンダ・ゴールドウィングF6Cの真っ赤なドデカいクルーザーバイクに跨がり、同じく赤色のジェット型のヘルメットを被った彼女にアンジェと遥、そして戒斗の順でそれぞれ別れの言葉を返す。

「ええ、それじゃあまた逢いましょう」

 そんな三人にセラは言って、最後にフッと小さく笑むと。上げていたヘルメットのバイザーを片手で下げ、そのままギアを繋ぎスロットルを入れると……フラット・シックスの独特なエンジン音を響かせながら、停留所の前から走り去っていった。

 去って行くセラを見送っていると、間もなくバスが停留所の前に到着。行きと同じようにガラガラの車内に入ると、三人はやはり来た時と同じようにバスの最後尾にある席に横並びになって座った。

「すぅ……すぅ……」

 乗降用のドアがシューッと音を立てて自動的に閉まり、路線バスが停留所から発車する。

 茜色の夕焼け空を望む窓から夕陽が差し込む中、バスが発車してから程なくして……アンジェは寝息を立て始めていて。よっぽど遊び疲れたのか、戒斗の肩にこてんと頭を預けたまま、アンジェは穏やかな顔で眠っていた。

「……遥、今日はどうだった?」

 そんな彼女の寝顔をすぐ傍で眺めつつ、僅かに表情を綻ばせつつ。戒斗はすぐ隣に座る遥の方に視線を流すと、穏やかな声音で彼女に問いかける。

「はい、とっても楽しかったです」

 すると、遥もまた笑顔を向けながらそう言ってくれて。戒斗が彼女のそんな笑顔を見つめていると……続けて彼女はこうも言う。

「今日、戒斗さんやアンジェさんに連れて行って頂いた場所。色んなところに……連れて行って頂いた、全ての場所に笑顔が溢れていました。小さな子や学生さん、家族連れの方にお爺さんやお婆さん。皆本当に楽しそうで、嬉しそうで……見ているだけで私の方が幸せになってしまうような、そんな笑顔がいっぱいでした。

 それで……改めて思ったんです。私が守りたい笑顔は、あんな笑顔なんだって」

 ――――だから。

「だから戒斗さん、私はこれからも戦います。神姫として、ああいうヒトたちのあんな笑顔を守りたいから。だから、私は……神姫として、これからも戦います」

 呟く言葉は、決意の言葉。間宮遥として、神姫ウィスタリア・セイレーンとしての……彼女が誓う、そんな言葉だった。

「……そうか」

 そんな彼女の言葉に、戒斗はただ短く頷き返し。そして隣り合って座る彼女に、青の乙女にこう告げる。

「……遥」

「はい」

「アンジェのことを、よろしく頼む」

 短い一言を、彼女に託すように戒斗は告げた。

「悔しいけど……俺がしてやれることはあまりにも少ない。だから、遥に頼るしかないんだ」

「分かりました」

 呟く戒斗に遥は頷き返した後「……でも」と続け、膝の上にあった彼の手に自分の手のひらを重ねながら、すぐ隣の戒斗に遥はそっと囁きかける。どこまでも懐の深い、聖母のような慈悲深い微笑みを浮かべながら。

「アンジェさんにとって一番の力になることは、多分……いえ、間違いなく戒斗さんが傍に居てあげることだと思います。アンジェさんにとって、それが何よりも嬉しいことだと……私はそう思います」

「……分かってるよ。でも」

「大丈夫です、戒斗さんは無力なんかじゃありません。どうか、ずっとアンジェさんの傍にいてあげてくださいね。貴方が傍に居てあげること、それがきっと……アンジェさんには何よりもの力になりますから」

 諭すような言葉を呟く遥の、夕陽に照らされた彼女の微笑む顔をすぐ傍に見て――――その後で、戒斗はゆっくりと隣に視線を向ける。

 そこには、彼女が居た。戒斗の肩に頭を預け、穏やかな寝息を立てる彼女の……夕陽に照らされる彼女の、どこまでも幸せそうな寝顔がそこにはあった。

「俺が傍に居ること、か」

 ――――だったら、いつまでも君の傍に居よう。君が望む限り、君が赦してくれる限り……俺はずっと、君のすぐ隣に。

 すぅすぅと穏やかな寝息を立てる彼女を見つめながら、胸の内で独り呟きつつ――――戒斗は小さく、そっと微笑んでいた。





(第四章『とある平穏な幕間に』了)

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