第四章:とある平穏な幕間に/07

 そんなこんなで遥に昼食をご馳走になったあとも、四人でショッピングモールの中をあちこち見て回ったりなんかした。

 セラを連れて本屋に立ち寄ってみたり、その横にある楽器屋に入って……意外にギターが弾けるらしいセラに試し弾きをして貰い、軽く腕前を披露して貰ったりだとか。後は例によってアンジェがセラを服屋に連れ込み、戸惑うセラをアンジェと遥と一緒になって次から次へと着せ替え続けたり……といった具合だ。

 他にはゲームコーナーに立ち寄り、またあの狂気じみたレースゲーム『レーシングギア4』を、今度は四人対戦で遊んでみたりなんかもした。

 速攻で一九七〇年式のダッジ・チャージャーを選んだセラが結構、というかかなり運転が上手かったり。戒斗が敢えなくアンジェに負けてしまい、数えて十九連敗を喫したりと……此処でも色んなことがあったのだが。中でも不思議だったのが、遥がある一台の車に対して異様なまでの興味を示していたことだった。

「遥、選べたか?」

「ええ……これにしようかなと」

 少し時系列は前後して、勝負の開始前。ゲームの車種選択画面で遥が選んだのは、そこそこ古い二ドアの国産クーペだった。

 一九八八年式、S13型の日産・シルビア。

 ライムグリーンメタリックのツートンカラーなボディが眩しいそれは、今では死語になって久しいデートカーという奴だ。FRの駆動形式で価格帯が手頃ということもあり、後々ドリフト用途なんかでも凄まじく流行った車種だが……中でもこれは最初期型。名機と謳われて久しい二リッターのSR20型エンジンではなく、一・八リッターのCA18エンジンを積んだモデルだ。

「何ででしょうか、この車を見ていると……胸が温かくなるような、でもちょっと哀しくもあるような……凄く、そんな気分になるんです」

 それに遥は、こんな具合に異様なまでの興味を示していた。

 それこそ、思い出の一台と言わんばかりの調子だ。彼女が冗談で言っていないことは……コバルトブルーの瞳を僅かに震わせる、そんな遥の横顔を見ればすぐに分かる。

 ――――まさか、彼女の過去にS13が関係あるのか。

「ひょっとして、何か……思い出したのか?」

 そう思い、戒斗は恐る恐るといった風に……一応他の二人には聞こえない程度にトーンを低くした声で囁きかけるが、しかし遥は小さく首を横に振って否定する。

「分かりません。ただ……凄く、懐かしい気持ちになるんです。きっとこの車には、私にとって……凄く素敵で、大切な思い出が詰まっていたんだと。何となくですけれど、そう思います」

 続く遥の答えは、それだけで。残念ながら記憶を取り戻せたワケではないようだが……それでも、彼女はそう呟いていた。遠い目をして、霞がかって見えない過去に思いを馳せるように。

「……そうか」

 彼女の苦しみは、自分には分からない。彼女がS13に対して何を感じて、そして何を思ったのか――――それを窺い知る術なんて、あるはずがない。

 だからこそ、戒斗は小さく頷き返すだけで。深くを掘り下げようとはせず、続けてただ一言だけを彼女に告げていた。

「いつか、思い出せるといいな」

 そんな一言を、すぐ傍で筐体のシートに身体を預ける彼女に囁く。

「…………はい」

 遥はそれに、小さく頷き返していた。色々な思いの詰まった視線で、画面に映る仮想上のS13シルビアを見つめながら。

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