エピローグ:雨の奏でる詩/03

 ――――しめやかに降る雨が街を濡らす、早朝。

 降り続く静かな雨音を遠くに聴きつつ、間宮遥は戦部家の階段をゆっくりと昇っていた。

(……なんだか、昨日のことが嘘みたいに穏やかな朝ですね)

 階段を昇りながら、遥は独り昨日の出来事を思い出す。

 昨日――――アンジェが神姫に覚醒し、二体のバンディットを瞬く間に葬り去った後。最後の一体、バッタ型のグラスホッパー・バンディットだけは隙を突いていつの間にか逃げ出してしまっていたが、それでも二体のバンディットをアンジェが見事に撃破した……その後の話だ。

 あの後……遥もアンジェも、そして二人に連れられた戒斗も。三人とも大した怪我もなく、どうにかこうにか家に戻ってこられていた。

 アンジェのことだから、てっきり遥に色んなことを……神姫としての先達せんだつである彼女に色々と質問を投げ掛けてくるものだと、そう思い遥は心構えをしていたのだが。しかし疲れ切っていたのか、アンジェは特に神姫に関しての話題には触れずに、そのまま隣の自宅へと帰っていった。

 ――――とまあ、そこまでが昨日の話だ。

 昨日という日が終わり、今日という日が幕を開けて。そんな今日は平日だ。昨日に続き雨が降っているものの、戒斗は大学に。そしてアンジェは学園に行かねばならぬ日だった。例え昨日あんなことがあったとしても……そこは、変わらない。

 だから、実を言うと少し前にアンジェがいつものように戦部家を訪れていて。今頃は彼女が戒斗を起こしてくれている頃のはずなのだが……しかし、あまりにも下に降りてくるのが遅いから、遥は二人の様子を見てきてくれと戒斗の両親に頼まれていたのだ。

 故に遥はこうして階段を昇っている。戒斗の部屋の様子を見るために、遥は家事を中断して階段を昇っている最中だった。

「まだ寝ていらっしゃるんでしょうか……」

 階段を昇りきった遥は、二階の廊下を歩き。そして戒斗の部屋の前に立つと、静かにドアを少しだけ開き。その隙間に顔を寄せ、そっと中の様子を窺った。

 すると――――――。

「…………昨日は、本当に色々ありましたものね」

 隙間から覗き込み、部屋の様子を目の当たりにすると……遥はクスッと微笑み。中の二人に声を掛けぬまま、彼女はそのままそっとドアを閉じた。

 そして、閉じたドアに軽く背中を預けながら、遥は嬉しそうな顔でひとりごちていた。心の底から嬉しがっているような、そんな穏やかな笑顔で。

「ご両親には、私から上手く説明しておきます。ですから……お二人とも、今日はどうかごゆっくりと」

 ドアの向こうの二人に聞こえぬよう、ほんのささやかな声で遥は呟いて。ドアから背中を離すと、そのまま階段を降りていく。暖かな気持ちを胸に抱きながら……遥はそっと、二人の傍を離れていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る