第二章:紅蓮の乙女/03

 その後、四限目の授業も終えると遂にひとときの解放たる昼休みの時間が訪れる。

 昼休みが訪れる否や、セラはまた集まってこようとするクラスメイトたちを巧みに躱しながら教室を出て。そのまま何処に向かったかと思えば……彼女が向かった先は、この神代学園の校舎で最も高い位置にある場所。即ち屋上だった。

 実を言うと、屋上に続く扉は施錠されていたのだが。そこは小細工というか、手慣れたピッキングで五秒と掛からず解錠してしまった。

 だからセラは、本来なら進入禁止のはずのそこに居た。追ってこようとしていたクラスメイトたちが絶対に来られない場所である、校舎の屋上に。

 …………厳密に言えば、丸い貯水槽にもたれ掛かっている形になる。

 屋上の扉の真上、少し盛り上がった場所の上にある水道の貯水槽だ。セラは備え付けの梯子を使ってその高い場所に登り、貯水槽にもたれ掛かる形で座り込み……独り、スマートフォンを耳に当てて誰かと話している最中だった。

『学生生活はどうだい、セラくん』

「どうもこうもないわよ。面倒くさいったりゃありゃしないわ。周りの連中は鬱陶しくて仕方ないし、授業もかったるいなんてモンじゃない。退屈すぎて欠伸が出るわよ、こんなの。大体さあ、どうしてアタシがわざわざ学園なんかに通わなきゃいけないワケ?」

『ふっ……まあそう言わないでおくれよ、セラくん。普通の学生生活というのも悪くないさ。長くも短い人生、一度は経験しておくべきだと私は思うよ?』

「さーてね、果たして本当にそうかしら」

 電話の向こうの女、ニヒルな笑みを浮かべる彼女――――篠宮有紀に対し、セラが澄ました顔で皮肉を言う。

『君を学園に編入させたのは、他ならぬ時三郎くんの意向だ。P.C.C.S総司令官の決定には逆らうべきではないよ?』

 すると、有紀が続けて皮肉を返してくるから、セラは参ったようにやれやれと独り肩を竦めてみせた。

「――――そういえば」

 そうした後で、セラはふと何気なくあることを思い出して。とすれば有紀が『なんだい?』と訊き返してくるから、セラは彼女にこう答えてやった。

「……一人だけ、面白いが居たわ」

『ほう? 君が誰かをそんな風に評価するなんて、珍しいこともあったものだね。折角だ、聞かせておくれよ』

 セラが言うと、有紀は電話の向こうで興味津々といった風な様子を見せる。

 そんな彼女に、セラは「別に大した話じゃないわよ」と前置きをしてから、その面白いとやらの話を有紀に話し始める。

「なんて言うか……不思議なぐらい自然に距離感を詰めてくるなのよね。知らず知らずの内に心を開かされちゃうっていうか、なんて言ったら良いのかしら…………。

 とにかく、不思議な魅力のある女の子だわ。他の連中とは決定的に何かが違う、不思議ななのよ」

『ふふっ、良いことじゃないか。どうやら早速、君にも友達が出来たようだね。何よりだよ』

 話を聞いて、有紀が電話越しに微笑む。ニヒルな笑みじゃない、純粋に良いことだと祝福しているような笑みだ。どうやら今の話で、セラに友達が出来たと有紀は思ったらしい。

「ちっ、違……! そんなんじゃないわよ、変な勘違いしないでっ!!」

 そんな有紀の珍しい態度に、思わずセラは頬を軽く朱色に染めつつ、破れかぶれに言い返す。

 だが電話の向こうで、有紀はニヤリとしていた。今の反応は明らかに図星だと……そう察した様子で。

『…………とにかく、だ』

 そうしてから、有紀は途端に声のトーンを真面目なものに切り替え、そんな言葉で切り出して……本題に入っていった。

『ここ最近、この街の周辺でバンディットの異常発生と……同時に、正体不明の存在によるこれの撃滅が相次いでいるんだ』

「ほんっと、ワケ分かんないわ。一体全体どういう理屈なのかしら」

『それを調査するのが、君の役目だ。……だろう? 我らが超常犯罪対策班、P.C.C.Sの誇る神姫……ガーネット・フェニックス?』

 見当が付かないといった調子で首を傾げたセラに、有紀がそう言い。すると言われたセラは「おだてないで」と小さく彼女に肩を竦め返す。

 そうすれば、有紀は『はっはっは』と乾いた高笑いで返し。その後でこう言葉を続けた。

『……とにかく、君の役目は一連の事態の原因を調査することと、バンディットが出現した際の速やかな撃滅、この二つだ。学生生活は存分に楽しんで貰って構わないし、私としても全力で楽しんで貰いたいが……その点だけは、くれぐれも肝に銘じておいてくれたまえよ』

 有紀はそれだけを言って、言い終えるや否やセラの返事を聞かぬまま、有無を言わさぬといった調子で一方的に電話を切ってしまった。

「言うだけ言って、勝手に切っちゃうのね」

 ツーッ、ツーッと無機質な電子音だけがスピーカーから聞こえる中、セラがやれやれと呆れた調子で肩を竦める。

 そうしていると、下でキィッと扉が軋んで開く音をセラの耳が捉えていた。

 おかしい、幾ら扉をピッキングで解除したといえ……施錠自体はし直したはずだ。そう簡単に開けるはずがない。それこそ、鍵を持っているであろう教師でもない限りは。

 誰が来たのかと思い、気になったセラが身を乗り出して覗き込み、下方を見下ろしてみると。すると、そこに居たのは――――。

「…………アンジェ?」

 錆び付き軋む扉を潜って屋上にやって来たのは――――他の誰でもない、アンジェリーヌ・リュミエールだった。

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