第一章:平穏で幸せに満ち溢れた日々の中で/07

「お帰りなさい、戒斗さん。今日はお早いんですね」

「おや……戒斗くんじゃないか。珍しいね、この時間から店の手伝いかい?」

 店の中に入っていくと、この時間帯にしては珍しく店はがらんとしていて。そんな店に入ってきた彼を出迎えたのは店を手伝う遥と、そして彼女の対面……カウンター席に腰掛けている、ある常連客の女だった。

「そんなところだ。アンタは今日もサボりってワケか?」

「サボりだなんて、心外だな戒斗くん。私は疲れを癒やすべく羽を休めに来たのだよ、今日も今日とてこの店にね」

「そうかい、そりゃ失敬した」

「それに……サボりって意味では、戒斗くんも私と同類だろう?」

 戒斗の皮肉にフッとニヒルな笑みを浮かべて、更なる皮肉で返す常連客の女。彼女は戒斗にとっても、そして今まで応対していたであろう遥にとっても、随分と見慣れた顔だった。

 ――――篠宮しのみや有紀ゆき

 何処かの研究機関に所属しているらしい、飄々とした雰囲気の女だ。春夏秋冬どんな季節も決して脱がないトレードマークの白衣を靡かせて、相棒の古いアメ車とともにこうして毎日のように羽を休めに……つまりサボりに来ている不真面目な科学者。それが彼女、篠宮有紀だった。

 聞くところによると、戒斗とアンジェが子供の頃からこの店の常連だったらしい。長い間こうして店を贔屓にしてくれていることは、実にありがたい話だが……そうなると、十数年間ずっと店へ定期的にサボりに来ているというワケか。

 …………有紀の外見の話をしよう。

 有紀の背丈は一六三センチ、スラッとした華奢な体格だ。スリーサイズは上から八三・五八・八一だが……国家機密レベルのトップ・シークレットなこの情報、当然戒斗が知るはずもない。ちなみに血液型はAB、誕生日は四月二四日。若く見えるが、これでも二八歳だ。

 髪は紅色のストレートロング、瞳は翠色。肌が不健康なレベルで青白いのは……引きこもりがちな科学者のさがということか。

 ちなみに、先に説明した通りに彼女の愛車は古いアメ車だ。今も店の駐車場に停めてある、一九七一年式のC3型シボレー・コルベット・スティングレイ……スカイブルーのボディカラーが目立つ、黒い幌屋根のコンバーチブル仕様のアメ車が、有紀が長年大事にしている相棒だ。

 コンバーチブルというのは、屋根が開く……まあ分かりやすい言い方をすればオープンカーのことだ。有紀のコルベットも、黒い幌屋根を畳むことで開放感に溢れたオープン状態になる。戒斗も前に何度か横に乗せて貰ったことがあるが、やはりオープン状態で走る気持ちよさは唯一無二だ。日差しを浴びながら風を切って走るあの感覚は、何物にも代えがたい魅力がある。

 そんな彼女のコルベット、排気量七リッターのOHV形式V8エンジン、いわゆるビッグブロックエンジンと四速マニュアル・ギアボックスを組み合わせた仕様だ。ザ・アメ車といった感じの見た目は、もう色々通り越して妖艶ですらある。有紀曰く『歴代コルベットでこのC3が一番スケベなデザイン』だそうだ。言い方はさておき、戒斗もその点に関しては同意だった。

「折角だ、戒斗くんもこっち来たまえよ。どうせ他の客なんか居ないんだ、構いやしないだろう?」

「仕方ねえな……アンタにゃ敵わねえよ」

「ふふ、そうでなくちゃね。さあ遥くん、戒斗くんも来てくれたことだし……楽しいお喋りの続きといこうじゃないか」

 トントン、と自分の隣の椅子を手で軽く叩く有紀に誘われるがまま、戒斗は仕方なしといった風にカウンター席、有紀の真隣の位置に腰掛ける。

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