第一章:平穏で幸せに満ち溢れた日々の中で/05
――――私立
市街から離れた場所にある田園地帯の近く、ちょっとした丘のようになっている森を切り拓いたような立地の、
自由な校風がウリで、校則も割と緩い。いわゆるお嬢様学園という奴に分類される学園で、通っている生徒たちも心なしか上品な顔が多いような気がする。
尤も……女子校ではなく共学だから、お嬢様学園という言い方は少し変なのだが。とにかく、そんな学園がアンジェの通う私立神代学園だった。
ちなみに、戒斗もこの学園の卒業生だったりする。アンジェの方が戒斗を追いかけてこの学園に入った……といった感じだ。
年の差が年の差だけに、彼女と一緒に学園生活を送れたのはごく僅かな期間ではあったものの。しかし退屈極まりない日々の中で、その僅かな期間だけは楽しい思い出が多かったと……今になって振り返ってみれば、戒斗はそんな気がしていた。
――――そんな神代学園の校門前に、戒斗の駆る派手なオレンジ色のZ33が滑り込んでくる。
ドッドッドッ……とスポーツマフラー特有の無遠慮なアイドリング音を響かせる、ハザードランプを炊いて路肩に停まったZ。戒斗はそんなZの運転席から降りると、やはり助手席側……ちょうど校門と向かい合っている方へと回り、そちら側のドアを外側から開いた。
「ん、今日もありがとねカイト」
とすれば、重たそうなスクールバッグを抱えたアンジェがZの助手席から降りてくる。
「忘れ物はないか?」
「ないよー、カイトじゃあるまいし」
「おいおい……酷い言い方だぜ」
「カイトがおっちょこちょいなのは事実だからね」
「ひどい」
「あはは、ごめんごめん。……っと、そろそろ予鈴が鳴っちゃう頃かな。じゃあねカイト、また後でねー」
「迎えに来るの、いつもの時間で良いんだよな?」
「うんっ、大丈夫! じゃあカイト、行ってきまーすっ!!」
此処まで送り届けた戒斗とZの傍を離れ、手を振りながら小走りで駆け出し、校門の奥へと消えていくアンジェ。そんな彼女を眺めつつ、Zのボディに寄りかかる戒斗もまた軽く手を振り返してやり。遠ざかっていくアンジェの背中を見つめながら、戒斗は独りやれやれ……と小さく肩を竦めていた。
――――こうしてアンジェを学園までの行き帰り、車で送り迎えしてやることが、もう長いこと戒斗にとっての日課のようなものだった。
それこそ、戒斗が運転免許を取った当初からずっとだ。戒斗が車というアシを手に入れて以降、特別なあれこれが無い限りはこうして毎日アンジェを学園まで送り迎えしている。
実を言うとアンジェ、どうやら周囲の人間からは自分のことを……戒斗のことを、彼氏じゃないかとかそういう風に噂されているらしい。
まあ、さもありなんという奴だ。ド派手なスポーツクーペで毎日毎日こうして校門の前に横付けしてやれば、噂にならない方がどうかしているというもの。だから戒斗も流石に気を遣って、前にやめておこうかとアンジェに提案したことがあったのだが――――。
『別にいいよ、言わせておけばさ。それに……別に僕も悪い気はしないしね』
――――本人にキッパリとこう言われてしまって以降、もう戒斗は気にしないことにしている。
アンジェの意図が何にせよ、本人が気にしないと言うのなら気にすることもないだろう。
タダの噂といえ、頭脳明晰で人当たりも良いスーパー優等生のアンジェと、対照的に不真面目で最強のサボり魔な戒斗という組み合わせは……と思いもするが。しかし戒斗としても満更ではないから、今はもう気にしないことにした。
…………出来たらアンジェにも、満更でなく思っていて欲しいのだが。
「っと、もうこんな時間か……」
アンジェの姿が見えなくなってからも、少しの間だけぼうっとその場に立っていたのだが。しかしふとした折に左手首の腕時計を見ると、何だかんだと戒斗の方も大学の一限目が始まる時刻が近づいてきていた。
面倒だし、出来ることなら今日はサボりたいところだが……今日のところは行かねばならない事情がある。面倒にも程があるが、今日ばかりは朝も早々から顔を出さねばならなかった。
「仕方ない……俺も行くか」
やれやれと肩を竦めつつ、戒斗はボディに寄りかかっていた格好から身体を離し。そうすれば運転席側に回り、エンジンを掛けっ放しで放置していたZに再び乗り込む。
サイドブレーキを下ろし、ギアをドライヴ位置に入れ、ハザードランプを消して発進。遠く神代学園の校舎から聞こえてくる、朝のホームルームの開始を告げるチャイムの音色を聴きながら……戒斗は独りZ33を走らせた。
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