惨めな元女帝
広場の入り口からギロチン台の脇に馬車が到着するまでだけでも明らかに日の位置が変わってしまったのが分かるくらいの時間が費やされ、ようやく到着した。
御者も馬も疲労困憊なのが分かる。
そうして馬車のドアが開きミカの姿が見えると、集まった群衆の熱気は最高潮へと高まっていく。
「――――!」
「――――!」
もはや言葉にするのも憚られるような罵声が飛び交うそこに現れたミカの姿は、拘置されていた独房を出た時とはまったく違っていた。
擦り切れた粗末な服を着ているのは同じだったものの、夜が明けてから彼女がいつも通りに身支度を整えていたにも拘らず、群衆の前に晒されたミカの姿は、まったく手入れもされていない(ようにも見える)くしゃくしゃの髪と薄汚れた肌という、いかにもみすぼらしいそれになっていたのである。
ミカの姿があまりにも毅然としているということで、監獄での待遇が良かったのでは?と勘繰られるのを危ぶんだ担当者が、移動の途中で、そういうメイクを行わせたのだ。
万が一人質に取られたとしてもそのまま見殺しにして構わないような下級のメイドを使って。
頭から灰を被せて髪を乱雑に掻き、顔も灰塗れの手で撫でて、ということのようだ。
さらにそこに、通りがかった物乞いが被っていたボロボロでシラミだらけのものを徴発したローブを頭から掛けて、
<惨めな元女帝>
の完成である。
『やれやれ……こんな演出を図らなければ自分達の優位も確保できないというのも情けない話だな……』
そんな風にも思いつつも敢えてそれは表に出さず、彼女は自身の手に繋がれた鎖にさらに鎖が繋がれるのを黙って見ていた。
新たに繋がれた鎖を手にしているのは、体重だけでも彼女の倍はありそうな屈強な男。
<処刑執行人>だった。
首まですっぽりと覆う頭巾を被っているのは、素顔を知られないためか。
まあ、処刑執行人などしてれば恨みを買うこともあるだろうから、無理もないのだろう。
ちなみにこの男、ミカが送り込んだ<罪人>の処刑も担当してきたベテランである。
彼にとっては十代の小娘だろうが元女帝であろうが関係ないのだろう。
ただ命じられるままに罪人を処すだけということか。
「おらっ! さっさと来い!!」
ミカに繋がった鎖を乱暴に引き、彼女を促す。
『分かった分かった……』
口には出さずそう応えながら、ミカは歩いた。靴は履かされていない。裸足のままだ。
もっとも、監獄にいた間は基本的にずっと裸足だったこともあって足の裏の皮膚は角質化して分厚くなってしまったので、それほど気にならなかった。
彼女の肉体は、生きるためにしっかりと変化していたのだ。
実に皮肉な話である。
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