終わる命

『まさかここで私は死ぬのか……!?』


ミカにさえそう思わせてしまうほどの尋常じゃない痛みは、彼女を責め苛んだ。


にも拘らず、ミカは小さな呻き声は上げつつも悲鳴などは上げず、助けも呼ばず、


『こんな形で死ぬのなら、それも必要なことなのかもしれんな……』


などと、諦観の中、小さく笑みを浮かべた。


その間も、バリバリと肉が裂けるような感覚がある。


と同時に、股間が濡れる感覚。


『ぬ……?』


小便を漏らしたのかとも思ったが、それにしてはひどくぬめりがある気もする。


瞬間、彼女の頭に閃くもの。


『まさか、流産…か……?』


その『まさか』だった。彼女の子宮が激しく収縮し、内容物を排出しようとしているのだ。


<進行流産>だった。


下腹部が裂かれるような痛みがあり、何かが体の中を下りていくのが分かる、


それを察したのと同時に、ミカは悟った。


『そうか……先に逝くのか……』


胸が締め付けられるような感覚がありつつ、なのに同時にホッとしてしまう。


『生まれ変わりなどというものが本当にあるのなら、今度はまっとうな母親の下に行くことだ……


私はお前と同じところへは行けないだろうが、私のようなのが一緒じゃ迷惑だろう?


ここでお別れだ……


……次こそは幸せになってくれ……』


ずるりと何かが自分の体から出て行くのを感じつつ、彼女はそう願った。


心の底から……




完全に夜が明けた頃、あれほどの痛みだったものが嘘のように治まり、ミカはゆっくりと体を起こした。


シーツもベッドも服もぐちゃぐちゃで、途方もない不快さがある。


だが彼女はそれを敢えて無視し、服の裾を捲り上げて大きく足を開いた。


その彼女の視界には、血に塗れた生肉のような物体が。


「……」


ミカは躊躇うことなくすっかり冷たくなったそれに触れ、何かを探すように指を動かす。


「……!」


血と粘液が絡みついた彼女の指先が<探していたもの>を捉え、両手で包み込むように掬い上げた。


やはり血と粘液に塗れた小さな<塊>だった。


ミカが、その<塊>を愛おしそうに見詰める。


すでに赤黒く変色し、温度もなく、微かにも動く気配すらない<塊>。


彼女の腹を何度も蹴って、寝かそうとしてくれなかった……




……胎児……だったもの……




よく見れば小さな手足が見える。小さな…本当に小さな手足が……


けれど、それはもう動くことはない。腹を蹴ってミカを苦笑いさせることもない。


終わってしまった、命……


その子を両手で包み込み、独房の壁に背中を預け、ミカは窓を見上げた。


明るく清らかな陽光が、まるで指し示された道のように、差し込んでいたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る