引越し

排泄物用の桶を持ってノーティアが牢から出ると、看守長は、


「おっと、忘れるところだった。今日のメシだ」


そう言って手にしていたパンを檻越しに投げて寄越した。それは丁度、ミカの体の上に落ち、その場にとどまる。


とは言え、今回はたまたまそうだったものの、今後もこの調子で投げられては、排泄物が溜まった桶からこぼれた液体で汚れた床を転がることもあるだろう。本当におぞましい環境だった。


だが、その三日後……


「おう、まだ生きてたな」


そう言って現れたのは、五人の看守を連れた看守長だった。


「ようやくお前用の牢が完成してな。とにかく出てこい。引越しだ」


扉の鍵を開け、顎で指図する。五人の看守は棍棒を手に、身構えた。小娘一人に大袈裟ではあるものの、<悪女><魔女>と呼ばれるミカに対して強い悪感情を抱いている者もいるのだろう。


「……」


ミカは敢えて返事をすることもなく、ただ指示に従った。狭い牢内で体は鈍っていたものの、手足が確実に動くことを確認するルーチンを繰り返してきたからか、辛うじて自分で立ち上がり一人で歩くこともできた。


ただ、両手両足を繋ぐ鎖が酷く重く感じられるのは、やはり筋力が落ちてきている証拠だろう。


それでも彼女は不平も漏らさず、しっかりと歩いて牢から出てきた。


看守長は自分の腰に巻いたベルトに繋がった鎖を持ち、それをミカの腰に巻かれたベルトに繋ぐ。逃亡防止のためだ。


と言っても、今のミカの筋力では、数十メートルとまともに走れないだろうが。


とにかくおとなしく連行されたミカが来たのは、元は城に暮らす人間達のために作られた大浴場だった。ただ今では、ここに収監されている<囚人>達のためのものとなっている。


するとそこには、ルパードソン家の元メイド長とその部下達の姿があった。


政治的には何の関係もないただの雇われ人とも言える彼女らだったが、メイド長をはじめとしたそれなりの立場にあった者達は、やはり個人的にルパードソン家に対して忠誠を誓っていた者達でもあったので、同列に扱われることになったのだろう。


「こいつを洗え。こう汚くちゃ使えん」


待機していた元メイド達に、看守長は横柄に命令した。


「はい……」


元メイドであり、今は囚人でもある女性達はミカの手足を繋いでいた鎖を外し、鎖が繋がった腰のベルトを外し、二週間以上着替えることがなかった粗末なドレスを脱がし、すっかり痩せ細ったミカの体を、水に濡らしたボロ布で洗い出した。


しかし、自分達がこのような扱いを受けることになった原因であるはずのミカに対しても、彼女達は意外なほど丁寧に接していた。


その辺りは、<元>とはいえ、プロのメイドであった者としての矜持だったのかもしれない。


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