利害の一致
その夜、ミカは、フローリア公国と国境を接していたこともあってマオレルトン家に伝聞的に伝わっていたフローリア公国についての文献を、マオレルトン卿の屋敷に備えられた書庫から探し出し、読み漁った。
そこには、フローリア公国とデヴォイニト王国との数百年に亘る軋轢と、その影響について詳細に記されていた。
国境を接していたことで、マオレルトン領にも少なからず影響があったようだ。
フローリア公国を攻めるための協力を、デヴォイニト王国が求めてきたりという形で。
その際の、デヴォイニト王国側の特使がどのようにしてマオレルトン家に圧力をかけてきたかについても、記録として残っている。
それを見て、ミカの表情はまた凍り付いていた。
『数百年に亘っていがみ合ってきた隣国同士が、たかが王族同士の婚姻で和解しただと……?
有り得んな。
古今東西、隣り合った国同士というのはえてして衝突するものだ。それぞれの利害がどうしてもぶつかるからな。
どこぞの大統領も、隣国からの不法入国に業を煮やして、国境全てに高さ数メートルの壁を築くと吠えていたではないか。戦争にまでは至らずとも、その手の話は枚挙に暇もない。
そういう国同士が手を結ぶ理由は、決まっている。
<利害の一致>だ。
フローリア公国とデヴォイニト王国は何らかの理由で利害の一致をみたのだ。それが果たされるまで双方が目的を違えないための保険として、王族同士が婚姻関係を結んだと見做すのが自然だな……
そして、フローリア公国とデヴォイニト王国共通の目的は……』
そこまで考えたところで、
「ミカ様。そろそろお休みになられませんと、体に障ります」
ウルフェンスが現れ、声を掛けてきた。
見れば空が白み始めている。なるほど、これは夢中になりすぎたということか。
「……そうだな……」
言われてミカも素直に文献を戻し、寝室へと移動した。
だが、彼女の頭の中では、この後、ベッドに横になるまでの間、様々な思考が凄まじい勢いで駆け巡っていたけれど。
こうしてようやくミカが休み、ウルフェンスも床に就く。彼の従者には、
「昼まで休む。それまで起こすな。もちろん、ミカ様もだ」
と告げて。
ウルフェンスが言っていた通り、彼は昼前まで眠り、自分で起きてきた。
ミカの方も、彼女の侍女にも起こさないように釘を刺していたので休んでいるはずだったが、
「ミカ様……」
ミカの方はすでに、いつものように<お忍びでの外出>の用意を済ませ、ウルフェンスが起きてくるのを待っていた。
「疲れていたのはお前の方だったようだな。ウルフェンス」
冷たい眼差しで見詰めながら、ミカは吐き捨てるように言ったのだった。
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