あの方が恐ろしい……
『私が、農政大臣を……?』
突然、王妃から農政大臣の任を言い渡されたネイサンだったが、実はスーリントン卿に対しては思うところがないわけでもなかった。
と言うのも、口先だけで立ち回り、己の役目についての知識も見識もまるでないスーリントン卿のことは、彼自身、何度も苦い思いをさせられた経験もあり、快く思っていなかったのである。
そんなスーリントン卿が解任されたとあればむしろ好ましい事態だったし、ましてや自分がその役目を任されるなど、願ってもないことだった。
だから少し戸惑いはしたものの、数瞬の後、
「分かりました。謹んで拝命いたします」
と応えることができた。
こうしてネイサンが新しい農政大臣を引き継ぐことになり、ミカも、
『これで少しはマシになると良いのだが……』
と考えたりもした。
その後、早速、スーリントン卿の<駐在所>に赴いたネイサンは引継ぎを申し出たのだが、
「知らん。貴公は貴公で好きにやればよかろう」
などと言われる始末。この、白髪交じりのいい歳をした男は、一方的に大臣の任を解かれたことに子供のように拗ねていたのだ。
「……分かりました。では、好きにさせていただきます」
ネイサンは呆れながらもそう応え、彼が知る<農政大臣としての仕事>をとにかく始めることにした。
が、その前に……
「まったく…スーリントン卿にも困ったものだ。あれで私の父と歳が同じだと言うのだから呆れる。
まあ、私の父もあまり褒められたものではないがな……」
<農政大臣の駐在所>から王宮へと戻ったネイサンは、今日の執務を終えたミカの自室の隣にある控室で待機していたウルフェンスにそうこぼしていた。二人は元々、かねてから親しい友人であり、共にこの国の現状を憂う<仲間>でもあった。だからこそウルフェンスも、ミカの横暴とも言える決断に便乗し、ネイサンを推したのだ。
「確かに。この国の舵取りを行っている<大人>達の行状には私も憂患を禁じえない。ゆえに私は、リオポルド陛下と共にミカ妃の働きに期待し、支えていこうと考えている」
ウルフェンスの言葉に、ネイサンも深く頷いた。
「そうだな。ミカ妃にはいささか危うさも感じるものの、あの方の胆力、決断力、広範かつ深い知識には畏敬の念を禁じえない。あの方に頼る他にこの国を救う術がないというのは、私も同感だ」
しかし同時に、ネイサンには気になっていることがあった。ウルフェンスの前だからこそ、それを包み隠さず口にする。
「ただ、非礼を承知で言わせてもらうが、ミカ妃とは、いったい、どのような方なのだ? 私は正直言ってあの方が恐ろしい……」
彼の言葉に、ウルフェンスは苦笑いを浮かべるしかできなかったのだった。
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