執務
しかし、トイレについては、ポンプによって水圧をかけ水道管を通して水を各家庭にまで届けられるほどの技術水準に達していないというそもそもの背景がある以上、ミカとしても『仕方ない』と割り切ってはいた。
だが、決められたことを平然と蔑ろにすることは承服できない。
『この国は、自分達の歴史と列強諸国の温情の上に胡坐をかいて甘え切っている。ただただ資源を食い潰すだけのまさに<穀潰し>だ。性根からたたきなおす必要がある……!』
彼女はそう考え、自分のために設えられた<執務室>へとやってきた。
その前にはそれぞれの担当者が列をなして、ミカの到着を待って―――――
―――――は、いなかった。地方の行政を担当している大臣が一人、手持ち無沙汰に欠伸をしていただけである。
しかもその大臣も、ミカの姿を見掛けても姿勢すら正すことなく、
「ああ、妃殿下。先ほどの婚礼は素晴らしかったですな。あなたのような方を迎えられたリオポルド陛下が羨ましい」
などと、およそ敬意を感じさせない態度でヘラヘラとだらしなく笑っていただけだった。
そんな大臣の様子に、ミカの表情はますます凍りついていく。
それでも彼女は敢えて叱責するでもなく、ただ黙って執務室へと入っていった。
頭に来過ぎて口を開く気にすらなれなかったようだ。
大臣の態度もそうだが、他の大臣や係官が誰一人集まっていないというのが『憤懣やるかたない』という感じだったのだろう。
『国家の運営は、ほんの一時も休むことはできない。事実、列強諸国では国王は三時間や四時間しか熟睡できぬと聞く。まさに殺人的な忙しさだ。
それに対してこの国は何だ……!?』
と思いつつもそれすら口には出さない。それを口にしたところで届かないことは分かっているからだ。
ミカが列強諸国の体制を知っているのは、結婚前、リオポルドと共に各国を表敬訪問したからである。結婚することを各国の首長らに宣言することも兼ねて。
にも拘らず、列強諸国からは、今回の婚礼に対し、国の代表として大臣クラスを寄越したものの、首長クラスは誰一人として来なかった。この点からも、表向きはこの国を敬うような態度を見せながらも実際には完全に軽んじているというのも透けて見えていた。
なのに、国王のリオポルド以下、国家運営に携わる立場の人間の誰もそのことについても危機感を抱いていない。
どこまでも能天気で楽天的で、世の中を舐め切っているのだ。
そんな状況に歯痒い思いを抱きながらも、ミカは大臣が持ってきた地方からの嘆願書や資料に目を通す。
しかしそこに書かれている内容も、
『今年は作物の出来がよくないので税を減免してほしい』
とか、
『馬に逃げられてしまったので補充してほしい』
とか、
一方的な要望ばかり。
そのような事態を招いたことについての反省の弁もなく、自分達はそれに対して具体的にどのような対処しようとしてるのかを提示し、それでもなおどうにもならないから支援をお願いしたいというような真剣さがまるで伝わってこなかったのだった。
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