トイレ事情

ただ、先にも言ったとおり、各家庭に上下水道が完備されているというところまでは発展もしていないので、王宮内といえどトイレの数は十分とは言えず、場所によってはトイレに行くまでに五分はかかるという場所もあり、そのため、庭園の隅などで用を済ます者が後を絶たなかったのだった。


が、歴代の王はそれについて表立って咎めることはしなかった。確かに生理現象を抑えるのは難しいだろう。ある程度の配慮はあって然るべきかもしれない。しかしだからといってそれを拡大解釈して、ただ面倒だからという理由で横着するのは違うはずだ。


だから新しい王妃になることが決まった時、ミカは夫となる王<リオポルド>の名で、<花壇>以外での花摘みを正式に禁じた。にも拘らず今回のコドリントン夫人のように面倒だからと庭園の隅で済ませる者が後を絶たなかった。


なお、<花壇>とはトイレを指す隠語である。


王宮には南北と西にひとつずつ、合計三箇所の公衆トイレがあるが、東側には王族専用のそれしかないというのも影響している。東側にも作ればよかったものの、基になる水路から遠く、かつ若干とはいえ勾配もあったので工事が難しかったようだ。なので、王族のためともなれば多少の無理もするにせよ、それ以外にはそこまでできなかったのだと思われる。


ちなみに、王族専用のトイレは完全な<部屋>になっているものの、それ以外の公衆トイレは、幅四十センチほどの水が流れ続けている水路の上に簡単な間仕切りが付けられ、さらに目隠しのカーテンが吊るされているだけで、個室のようにはなっていない。


そして女性も男性も、水路をまたいで用を足す。女性も基本は立小便だ。間仕切りの下の方にドレスの裾を載せるでっぱりがあるので多少は屈んでも裾が完全に下につくことはないものの、ドレスを着たままでは和式トイレに屈むような姿勢は取れないからというのもある。大の方は、足を大きく開き、可能な限り屈むわけだ。それでもやっと中腰という姿勢だが。


また、トイレまで行かなくても用を足せるように<おまる>もあるのだが、ズボンを着用している男性はまだしも、大きな日除け傘のようなドレスを着ている女性の場合、おまるがまったく見えないので狙いを付けるのが難しく、外して床を汚してしまうことも多いという。


それもあって、庭園で済まそうという発想も生まれるのだろう。


その点、王族専用のトイレは、便座のある洋式トイレに近い形式で、水路の上に木でできた椅子を作りつけ、そこに座って用を足すので、ミカも正直、その点では助かっていた。


王族用の方式は、貴族も自らの屋敷などには取り入れている者も増えているそうだが、さすがに公衆トイレにまでは導入できていないのが現実である。


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